小説 川崎サイト

 

毒蛇は急がない


「塩田の動きはどうだ」
「ありません」
「絶好の機会なのにな」
「動きはありません」
「確かか」
「多少はありますが」
「どんな動きだ」
「竹下家を訪問しました」
「竹下など、いたか」
「塩田殿とは旧友です」
「今回の騒動。竹下は関係しているのか」
「していません」
「塩田はどうして竹下と会ったじゃ。今回の騒動と関係していないのか」
「多少は関係しておりますが、それを言い出すと、全ての藩士が無関係ではありません」
「塩田の監視を続けろ。一番危険な奴だ。この騒ぎに乗じ、何か仕掛けてくるはず。それが関係なさそうな竹下と会った程度。これは偽装だな」
「塩田殿の動きはいつも遅いかと」
「わしは、この機会に、一騒動起こすつもりだ。既にお膳立てはできておる。気になるのは塩田だけ。奴の動き方で、変わってしまう。裏で、何かやっているに違いない。監視を続けろ。人数も増やせ」
「そのように計らいます」
 
「どうじゃ。動きはあったか」
「木川からの知らせでは、町道場の柴田と会っていたとか」
「柴田と言えば師範代」
「それだけです」
「あの道場、使い手が多い」
「もっと調べろ」
 
「木川にその後を探らせますと、町道場の柴田と会ったのは将棋です」
「将棋」
「どちらもへぼ将棋なので、丁度いいということで」
「それも偽装だ」
「そうなんですか」
「木川の報告によりますと、その後、柴田が塩田家に出入りするようになったとか」
「藩士以外を使う気だな」
「ただの遊びだと思いますが」
「柴田関係を調べろ」
「そう計らいます」
 
「木川は、家の用事ができたので、田村に調べさせました」
「言ってみろ」
「塩田殿の三男が道場に通っていた関係とか」
「いずれも布石じゃ」
「将棋ではなく、囲碁」
「そういう話ではない。かなり前から塩田は用意している。準備している」
「しかし、そんな気配は微塵もなく、目立った動きはありません。特に政には」
「今回の騒動。長くゆっくりとこれを待っていたはず」
「塩田殿がですか。あの動きの鈍い塩田殿がですか」
「毒蛇は急がないが、わしは急ぐ。この気を逃してはまずい」
「はい」
 
「塩田殿が城代家老と会いました」
「何、動いたか」
「はい」
「先を越された。あの遅い毒蛇もついに動いたか」
「どう計らいましょう」
「計画は全て中止じゃ」
「そのように計らいます」
「待て、御城代と会ったときの詳細は分かるか」
「木川にもう少し調べさせます」
「そのように計らえ」
「はい」
 
「どうじゃった」
「御家老も将棋が下手とかで」
「本当か」
「それで、いい相手なので」
「将棋をさすためだけで会ったのだな」
「そう木川が申しておりました」
「それで、騒ぎはどうなった」
「それは川端に調べさせましたが、仲裁人が入り、治まったとか」
「くそう、わしが動いておれば、王手が打てたのに」
「でも塩田殿が」
「気にしすぎた」
「あ、はい」
「あの塩田。急がない蛇だが」
「やはり蛇です」
「だが、毒のない蛇だったようじゃ」
「そのように計らいます」
「何もしなくももういい。もう監視するな」
「そのように計らいます」
 
   了

 


2021年5月17日

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