小説 川崎サイト



生きる知恵

川崎ゆきお



「生き方が分からなくなりました」
 青年が長老に聞く。
「まだ、そんなことを考える若者がいたのか」
「当然だと思いますが」
 長老はにんまり笑う。自分のペースに持ち込める格好の相手と見たからだ。
「どう生きたらよいのかを見失いました」
「では、それまではあったのだな」
「はい、漠然とした夢が」
「漠然とな?」
「何となく夢が……」
「見られたのじゃな」
「はい」
「その漠然との中身は何じゃ?」
「何となく楽しそうな」
「うむ」
「面白そうな」
「うむ」
「そういうものが消えてしまいました」
「錯覚だったのかもしれんのう」
「錯覚ではありません。現実です」
「ほう」
「でもよく見ると大したことがないのです」
「うむ」
 長老は青年から、話しかけられたことで、もう満足していた。
「夢が醒めたのです」
「なるほど」
 長老はうまく返答できない自分がもどかしかった。それはこういうことだと明快に答えたかった。
「醒めてしまうと追いかける気にもなりません」
「何を?」
「目標のようなものです」
「目標を持って生きておる若者がまたいたんじゃな」
「それがなければ、面白くないと思います」
「人生は面白いか?」
「はい、面白くなければ、つまらない人生になります」
「そうなのか」
「充実した人生を生きるべきです。なのに……」
「なのに?」
「なのに、それが叶わないのは口惜しいです。ここで何とか盛り返さなければと思い、長老様の知恵を……」
「わしにはそんな知恵はない」
 青年は目の玉を丸くする。
「それは、隠しておられるのですか?」
「違う」
「お金なら払います。教えてください」
 金を貰っても知恵は出ないようだった。
 
   了
 
 


          2007年9月18日
 

 

 

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