小説 川崎サイト

 

ホットコーヒー


「雨ですねえ」
「梅雨ですから」
「少し寒い」
「そうですねえ」
「ホットコーヒーが丁度いい。この温かみが」
「今日などは、温かいコーヒーがいいですねえ」
「最近はアイスコーヒーなんですが、今日はホットです」
「私は年中アイスコーヒーです」
「どうしてですか」
「実はホットコーヒー、飲めないのです」
「でも、飲んでるじゃありませんか」
「冷たいからです。温かいコーヒーを飲むと胸が悪くなります。アイスコーヒーなら、それがない」
「不思議ですねえ。同じコーヒー豆でしょ」
「温かい豆腐は食べられないが、冷や奴なら食べられるのと同じです」
「じゃ、豆腐入りの味噌汁は駄目なんですか」
「豆腐は温かくても冷たくても、大丈夫です」
「コーヒーも豆腐も、元は豆でしょ」
「でもコーヒー豆をボリボリ食べないでしょ。またコーヒー豆を煮て食べないでしょ」
「ああ、その違いですか」
「それより涼しいですねえ」
「今日は寒いぐらいです。だからホットにしました。しかし、あなたはアイスしか飲めないので、残念ですねえ」
「いえ、残念に思うようなことじゃありませんから。それにいつもアイスなので、問題はありません」
「年中アイス。迷いがない」
「はい」
「私なんて、今日はアイスにするか、ホットにするかで、迷ったりしますよ。今日は迷いませんがね。涼しいので、久しぶりに飲むホット、やはりアイスよりもいい感じです」
「そうなんですか」
「今日は薄着だったので、寒い。このホットコーヒーを飲んで、温まって、出掛けることにします」
「どちらへ」
「野暮用です」
「じゃ、お気をつけて」
「はい、有り難う。あなたは、これからどちらへ」
「この雨なので、そのまま帰ります」
「雨の日の散歩もいいものですよ」
「散歩に行かれるのですね」
「そうです」
「涼しすぎるので、風邪など引かれないように」
「はい、有り難う。じゃ、失礼」
「お気をつけて」
「あ、はい」
 
   了


2021年5月30日

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