小説 川崎サイト



アイス珈琲

川崎ゆきお



 下町の商店街にその喫茶店はあった。正確には喫茶店ではない。正しく言うなら珈琲を飲ませる店だ。
 その商店街は持ち帰り用のお好み焼きが並ぶような通りで、衣料品店も中年主婦向けの洋服が吊るされている。
 そんな場所に自家焙煎水出しダッチ珈琲を出す店がある。
 一番安いブレンド珈琲は場所的にやや高い程度だが、それ以外を選択するとトンカツ定食が食べられる値段だ。
 テーブルにはメタル製のホットプレートが置かれている。
 もうそれだけで普通の喫茶店ではない。珈琲専門店としても専門性が高い。
 気楽に入り、休憩するような店ではないが、通りがかかりの人なら、喫茶店と思い、入るだろう。
 アイス珈琲を注文すると氷の入ったグラスが出てくる。珈琲はフラスコのような器に入っている。それを自分で注いで飲むわけだが、ホットプレーがテーブルに常設されているように、アイス珈琲にもその仕掛けがある。それがこのフラスコのような器だ。
 フラスコの横に穴が空いており、そこに小瓶が横入りしている。二重構造になっているのだ。
 その小瓶には氷が入っている。つまりアイスポットなのだ。ポットの中のブラック珈琲は、小瓶の中の氷でしばらくは冷たいだろう。
 店内には古き良き時代の映画音楽が流れている。
 珈琲の豆を極めた人だけが行き着いた手法なのだ。それをアイス珈琲にまで展開している。通常ならホット珈琲のみで、アイスは考慮しない。
 それが形となったのが、アイス用の二重ポットだ。これはガラス工芸的にも高度な加工が必要だろう。
 珈琲通にとってアイス珈琲の扱いは冷たいものだ。それがこの配慮だ。
 場所柄、アイス珈琲はこの商店街では冷やし珈琲でも通る。冷やし飴の横に並べてもおかしくはない。
 主人はアイス珈琲のことをコールドと呼んだ。
 喫茶店は茶道ではない。しかし、この店のお茶を飲む道具は異国の茶道を想像させる。
 茶道具を極めるのは雰囲気だけではない。極めて理にかなった実用性がある。
 これだけの仕掛けでアイス珈琲を飲ませる喫茶店が国内に何店あるだろう。
 それが、主婦が買い物で通る商店街の中にあるのだから、驚きだ。
 
   了
 
 



          2007年9月20日
 

 

 

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