小説 川崎サイト

 

夏様


「暑いですね」
「夏が来ましたねえ」
「来ましたか」
「夏様が来られました」
「歓迎しましょうか」
「来るべきものが来たので、歓迎かもしれません。来なければ厄介です。夏のない年。そんな年もあるようです」
「冷夏とか」
「そうですねえ。来るべきものが来ないと予定が狂いますし、段取りも狂います」
「じゃ、今年は無事、来たということですね」
「そうですねえ。誰も招いていませんし、接待もしませんがね。しかし世の中は広い。夏神社があるやもしれません」
「それなら秋神社や春神社や冬神社もありそうですねえ」
「神様は無数にいるので、何でもありですよ」
「あとは、それを祭るかどうかですね」
「そうです。しかし、これだけ多くの神様がいても、実際には一つでしょ」
「ほう」
「神も仏も一つです」
「ほう」
「全部含めて、一つです」
「共通するものがあるのですね」
「ある方向のもの」
「はい」
「茶碗の方向ではなく、道の方向ではなく、差しているものはただ一つ」
「茶碗の方向って何ですか」
「その茶碗、取ってくれとか、茶碗を出してくれとか。茶碗が割れたとか。そういうことですが、高い茶碗もある。値が付けられないし、売り物ではない国宝級の茶碗もあるでしょ。茶碗の中にも色々ありますが、結局は茶碗を差している。箸を差していない。その程度の違いですがね」
「まあ、そこにも神様がいるのでしょう。茶碗の神様とかね。これは焼き物などをやっている人や、茶器にうるさい人なら、神を見るかもしれませんがね。もう茶碗じゃなくなっている」
「国宝の茶碗でお茶漬けをすするなんていいですねえ」
「でも茶碗はただの容器、目的はお茶漬けでしょ。茶碗は食べられない」
「はい」
「まあ、夏も跳ね上がって夏神になり、夏神社ができるかもしれません。現にあったりしそうです。なかってもそれに近いものが」
「夏祭りなら普通にあるでしょ」
「夏にやるからですよ。または夏の災難事とか」
「夏越えの行事はありますね」
「大きな輪ですね。そこを潜る」
「そうそう」
「あれは、ゾーンへの入口かもしれませんよ。ワープポイント」
「ほう」
「あっちの世界へ行くには、何かトンネル状のところを通るケースが多いようです」
「空間を引き付けるとか」
「だから一足飛びで、瞬間移動。この世とは限りません。違うところへ飛び込んだりすることも」
「しかし、夏は夏です」
「冬から見れば、別世界でしょ。これは徐々に来るから分からない。いきなり夏から冬では変わりすぎます」
「夏の初め、丸い輪を潜るあの行事、何に効いたのでしたか」
「ああ、暑い夏場を乗り越えられるようにです。そのままです。まあ、先にまたいで乗り越えるようなものですが、既にバテて、その輪のある神社などへ来られない人は無理ですねえ」
「私が実はそうなんです。ここ二三日、暑かったので、夏バテです」
「冬越えも厳しいですが、夏越えも思ったよりも厳しいことになりますから、お気を付けて」
「はい、有り難うございます。夏様に祈ります」
「お願いではなく、夏除けのようなものですね。暑さに祟られないようにと」
「あ、はい」
 
   了


2021年6月12日

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