小説 川崎サイト

 

ソーメン


 夏の盛り、石田は朝、一日を始め、夜、一日を終えるだけで一杯一杯の暮らしをしていた。
 その間、何と戦っていたかというと、当然ながら暑さ。暑さとの戦いなので、これは戦争ではない。人と人との争い事でもない。また病との戦いでもない。ただ一寸暑いので、過ごしにくいだけ。
 だから戦いというよりも、その暑さをどう乗りきるのかの折り合いの問題だろう。暑さと仲良くなるような。
 しかし、この友人、なかなか手強く、下手をするとやり込められてしまう。そのため、ついつい冷たい物に手を出し、腹を壊したりする。別に胃腸が壊れて使えなくなるわけではないが。
 しかし、今年は意外と楽な戦いのようだ。石田の体調が去年よりもいいのだろうか。炎天下の道を歩いていても、それほどこたえない。これは暑さで麻痺しているわけではなく、平気で歩いたりできる。
 今年は暑さに勝っている。しかし、その油断がいけない。勝って兜の緒を締めだ。まだ夏の序の口。暑さの盛りに入ったばかり。このあとどうなるのかは分からない。
「暑いのに、来たの」
「ああ、何ともなかった」
「汗もかいていないようだけど、大丈夫。何処か身体が悪いんじゃないの。外は暑いでしょ。なのに涼しそうな顔をしている。まさかあっちへ行ったんじゃないだろうねえ」
「まだ、こっちの人だ」
「そうか。じゃ、ソーメンを食べる」
「ソーメン。どうしてソーメンなんだ」
「いや、少し遅いけど、今から昼を食べようとしていたところなんだ。もう、ざるに入れて冷蔵庫に入れたし、ツユも冷たいよ。原液のいい出汁なんだ。薄めなくてもいいんだ」
「じゃ、御馳走になるけど、冷たいものは控えているんだ。身体が怠くなるから」
「じゃ、温かいソーメンにする?」
「ニューメンか。流石にそれはない。ソーメンでいいよ」
 二人はソーメンを食べ出した。
 その友人はじっと石田を見ている。本当に口の中に具体的にソーメンが入っていくかを。
 その結果、ソーメンは減っていく。やはり具体的に食べているのだ。
「その後、調子はどう。僕は元気だけど」と石田が聞く。
「ああ、元気だとは思うけど、暑いので、じっとしている」
「しかし、この部屋暑いよ。扇風機だけだろ」
「エアコンもあるけど、身体に悪いから」
「そうだね。いい考えだ。僕と同じだ。逆に冷えて寒くなってしまい、暖房に切り替えたりしてね」
「ははは、そうだね」
「おっと、用事の途中なんだ。そろそろ行くよ。何かソーメンを御馳走になりに来た感じだけど、ま、高いものじゃないし」
「そうだよ」
「じゃ」
 石田は、さっと立ち去った。
 そして、アパートの階段を急いで降りた。
 その友人のソーメンがまったく減っていなかったのだ。
 
   了


2021年6月13日

小説 川崎サイト