小説 川崎サイト

 

一枚上の散策者


 探訪者高橋は行くところがないので、定番コースに入り込んだ。人には行く場所が必要かもしれないが、行けない場所が多い。行きたくても行けないような。または絶対に行かなくてはならない場所もある。
 高橋はそれらとも離れた行く場所がある。その場所から遠いのではなく、行く行為が少し外れているのだ。決して逸してるわけではないが。
 また、行かなくてもいい場所。町をうろつき、探索、散策する。これは推奨ではないだろう。ただ、観光地ならおすすめスポッとして存在するが、それではもう分かっている場所だし、謎ではない。ただ、思わぬ拾いものをすることもある。
 表だった解説では扱わないような箇所がある。これは現場を踏んで初めて分かること。
 どちらにしても高橋が行く場所は、別に行かなくてもいい場所。
 その場所を高橋は歩いている。寺が多い一角で、それなりに有名だが、観光客はほとんどいない。華やかさがないためだろう。茶店や土産物屋があるわけではない。普通の通行人の方が多く、見学に来る人の姿を見付ける方が難しい。
 お寺の裏側を歩いていると、声をかけられた。高橋はよくかけられる。何か吸い寄せるものでもあるのだろうか。
「三十五箇所あります」
 いきなりだ。何についての話なのかの頭が切れている。しかし、高橋になら分かると相手は踏んだのだろう。年寄りだが、元気そうで、いい身なりをしている。町内の人ではないことは確か。よそ行きを着ているためだ。
「何がですか」
 高橋は大凡は分かっていたが、ツーといえばカーになりたくないので、一応聞いてみた。
「スポットです」
「でもこのあたりは大きなお寺が二つと、小さいのが五つ。実際に中に入れるのは全部で三つぐらいでしょ。それと神社がありますが、ここは寂れています。まあ、小さな寺町ですから」
 高橋は、喋りすぎたと後悔した。
「いや、あと三十箇所あるのです。
 老人は紙切れを取り出し、開いてみせる。手書きの地図だ。
「ほう」
 負けたと、高橋は喉の奥で呟いた。
「あなたもお分かりのように、祠が多いのです。中には石だけポツンと置かれているところもあります。それらを合わせると、三十五箇所。私の巡礼コースです。頭の中のマップでは頼りないので、こうして記しているだけです。
「ほう」
 高橋より、遙かに上手だ。上級者。
 高橋は、既に数カ所の祠は把握していたが、その数倍を、この老人は知っていることになる。
「毎日です」
「はあ」
「毎日回っていますので、まだ出るかもしれません」
「新発見のスポットですか」
「石程度ですがね」
「はあ」
「また、ひとの家の庭の中に見えているのもあります。ただし、個人のお稲荷さんとかは抜きにしての話です。家神様もね」
 高橋は圧倒された。自分などまだまだひよっこだと。
「これ、差し上げます。あなた、こういうの好きそうなので」
「でもなくなると」
「それはコピーです。その後、発見したもの、あるいは発見しつつあるものもありまして、それはまだ加えていません。それは第八刷版で。最新版は、また、あたなとで会ったときに、差し上げますよ。おそらく四十ほどに増えているものと思われます。お楽しみに」
 高橋は、身を引いた。後ろへ一歩下がった。
「じゃ、お元気で」
「はい」
「いい巡回を」
「あ、はい」
 老人は立ち去った。その後ろ姿を高橋は見ているのだが、あのようにはなりたくないと思い、少し、これまでの方針を変えることにした。
 
   了


2021年6月27日

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