小説 川崎サイト

 

束の魔


「束の間がいいねえ、長引かない方が」
「はい」
「ほんのひと束の時間」
「束ですか」
「藁のひと束。まあ、藁は大きいが、もっと小さな束。たとえば一握り程度の」
「束になってかかっても敵う相手ではないといいますから、ひと束が一人だとすると、多いですねえ。何人もでかかるのですから」
「一人は少ない。集団になると多いが、一人一人は小さなものですよ」
「そうですねえ」
「束の間、ほぼ一瞬に近い」
「人生と比べてですね」
「それは大きすぎる。一日の中での束の間でもいい。僅かな時間」
「それがどうかしましたか」
「まあ、いいことだろうねえ。束の間は」
「束の間の幸せというのもありますね。でも短いんですね」
「だから、いいんだ。仕合わせなんて長く続くと飽きてくる」
「飽きるほど来て欲しいですよ」
「まあ、普段通りでいいんだ。そうすると、束の間の間が目立たない。やはり忙しいときに、すっと束の間が入ってくるのがいい」
「束の間の休みとか」
「一日じゃなくてもいい。一寸息をついた程度で」
「それは短すぎますよ」
「まあ、ほっとする感じかね。そのあと、少しは余韻が残る。これもいい」
「何か束の間という部屋がありそうですねえ」
「え、ないだろ」
「そうですねえ。でも、そういう部屋があっても良いんじゃないですか。名前なんて、勝手に付けてもいいような料亭とか宿屋とか」
「ほう、束の間にお通ししろとか、束の間のお客さんとか」
「そうです。ただの部屋名ですが、いい感じでしょ」
「束の間の客。うむ、これは意味を感じるなあ。部屋名ではなく、その客が束の間の客なんだ。すぐに出ていくような」
「題名になりますね」
「何の」
「絵とかの」
「そうだね」
「でも束の間って、いい感じですねえ」
「感じ」
「はい、雰囲気が」
「僅かだからね。ずっとじゃない。だから、すぐにに消えてしまう。なくなってしまう。だから良いんだ」
「ものの表れですね」
「物の哀れだ」
「あ、はい」
「君が哀れだ」
「黙っておきます」
 この人、その一言の間違いを指摘され、嫌な気がしてその主から離れた。
 束の魔もあるのだろう。
 
   了


 

  


2021年7月12日

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