小説 川崎サイト

 

名人芸


「さっさと済ませて、終えたいねえ」
「少し時間がかかっています。手間取るところがありまして」
「手間ががかかるところがあるのか」
「はい」
「何とか省略しなさい」
「しかし、それでは」
「問題にする人はいない。中味なんて何でもいいんだ。内容は問われない。だから、適当にやっつけてしまえばいい。早く片付けて、楽になった方がいい」
「楽に、ですか」
「解放されたい。遊びに行きたいのでね」
「どんな」
「いや、大した遊びじゃない。自由になりたいだけ。だから、繁華街をウロウロする。特に何かをするわけじゃない。まあ、そのへんで一服ぐらいするし、軽い買い物もするがね」
「そうですねえ。僕も早く帰れた方が好ましいです」
「そうだろ。好ましいだろ。だからさっさと片付けてしまいなさい」
「そのつもりなんですが、ここは少し手間をかけないと」
「誰を意識しているんだ」
「受け取りに来る山田さんです。彼は見ています。中味を」
「でも何も言わないだろ」
「でも思っています。色々と」
「ほう」
「前回より、手を抜いているなあ、とか、最近やっつけ仕事の方が多いとか、まともにやったのが殆どないなあ、とか」
「口に出さないだろ」
「でも、反応はあります。何となく分かります」
「そんなこと、気にしなくてもいい」
「しかし、手を抜いたり、サボっているように見られますし、真面目にやっていないようにも」
「内容はいいんだ。そういうものなんだ」
「しかし、努力したり、精一杯の力を発揮したりとか、そういうこともしてみたいです」
「それは趣味だ」
「その趣味がやりたいのです」
「しかし、早く終えたいだろ」
「まあ、そうですが」
「その、手間取っているところ、見せてくれ」
「はい」
 先輩は、さっと処理した。
「流石先輩。早いですねえ」
「誤魔化しただけだ。本気でやれば手間がかかる。だから、これは誤魔化しだ」
「もう終わってしまいました」
「私のねえ」
「はい」
「この誤魔化し方をもっと見たいという人もいるだ。これは見せ場だからね」
「名人芸です」
「しかし、誤魔化しだ。インチキだよ。だから、自慢できないがね」
「匠の技を見ました」
「さあ、これで終わった。早く帰ろう」
「はい、有り難うございました」
 
   了


 

  


2021年7月13日

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