小説 川崎サイト

 

神社横


 下田は鳥居前で左折する。自転車だ。鳥居は道の突き当たりにあり、左折しかできない。しかし、左右に狭い路地がある。車は入れない。
 自転車なので、鳥居を乗り越えられるが、一度降りないと、段差があるので無理。その先は参道。石畳で、ゴツゴツしている。そこは乗ったまま走れる。そして境内の広い場所に出る。神社なので、地面のまま。舗装されていない。その境内の奥に本殿がある。
 だから、最初の鳥居前で左折も右折もせず、そのまま鳥居をまたげば、本殿まで一直線。しかし、下田は本殿に用はない。また神社にも用がない。お参りに来たわけではなく、その近くは木が多く、日影があるので、そこに入りたいため。これも暑いときに限られ、冬などは、その限りではない。
 その日は左折したが、右側の細い路地に入ってもいい。左折した状態で進むと、炎天下。日影がない。しかし、右側に路地があるように、左側にも細い道がある。余地なので道ではない。左右の細い通り道、これは参道の左右にある。まるで参道を挟んでいるように。その境界は玉垣だけ。
 下田は右ではなく、左折したあとすぐに参道脇左の余地に入る。これが最近のコースだ。参道の松の木が日影を作っている。
 右は参道。左は住宅。個人の家だ。その車庫や玄関先に沿って進む。立てたタイヤが並んでいる。うっかりすると、私有地の庭に入り込んでしまうのだ。
 それとドブがあり、その蓋がある。鉄板だ。これを踏むと、ガチャンという。それを家の人は知っているのか、踏んでも音が出ないように、何とかしている。五月蠅くて仕方がないためだ。それほど狭い通路。ドブの鉄板は避けて通るが、向こうから人や自転車が来たとき、どうしても、鉄板を踏んでしまう。だが、音がしない。浮いた場所がないのだろう。
 そして、その通路もすぐに突き当たる。トイレがある。これは神社のもので、既に境内に入っているのだ。トイレがなければ、参道と並行の道なので、そのまま本殿まで行ける。トイレが塞いでいる。しかし、下田は本殿には用がないので、問題はない。
 そしてトイレ横から境内に入る。その脇に大きな松の木があり、この木陰が素晴らしい。大きな日傘だ。
 下田は、そこで一服する。
 本殿を見ると、必ず参拝している人を見る。神様に何か、お願いしているのだろう。しかし、これは神様がいちいち願いを聞き入れてくれるわけではない。参拝客もそれは分かっている。道端で立ち止まり、願い事を念じたりできない。危ないだろう。
 それが安心してできるのが神社。そこなら落ち着いて、願い事を念じられる。何かをやっている最中ではなく、それだけしかしていない状態。願っているだけの状態。これは神社というステージが都合がいい。誰も不審がらない。まあ、家の仏壇でもいいのだが、それはご先祖達。有名な仏像もあるが、やはりそれはお寺で拝んだ方がいい。先祖より効きそうだし。
 下田は、参拝客がいつまでも拝んでいるのを見ている。他に人がいないのだろう。しばらくの間は独り占め。
 見慣れた光景なので、下田に違和感はない。
 それで、巨大な日傘の松の木陰の休憩を終え、今度は境内横の小道へと入っていく。ここはまだ神社内。そこを抜けると、バス道に出る。だから、神社の参道や境内、その敷地周囲に木が多いので、夏場は通りやすいという程度。
 境内横の小道に入ったところで、違和感がした。
 怪談なら、悪寒が走ると感じたかもしれない。
 バス道と交差するあたりから、小柄な老人が、寝間着のようなものを着て、近付いて来る。暑いので、そういうのを着ているのだろうと思っていたが、左右に身体が微妙に動いている。杖をついており、結構長い。頭の高さまである。
 神様。
 下田はできるだけ平静に、特別なものなど見なかったかのように、自転車を走らせた。当然、ぶつからないように。
 さらに近付くと、顔が見えた。下がった目尻、小さな口で、唇が薄い。ヘラですっと押したような。
 そして白い無精髭。頭は耳の後ろに残っている程度。
 これは神は神だが貧乏神。
 下田は、老人と目を合わせないように、斜め上にある松の木の上に止まっているカラスを見ている振りをした。実際に、カラスがいた。
 そしてすれ違った瞬間、カラスが鳴いた。
 下田はどんな鳴き方をしたのかまでは覚えていない。
 
   了
 
 


2021年8月7日

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