小説 川崎サイト

 

恨み節


「行かねばならないアリューシャン、行かせたくない人もいる」
「ほう」
「止めてくれるな妙心殿、行かねばならぬ、行かねばならぬうう」
「それらは止め歌なのですか」
「しかし、行かないといけない。行かない方法もあるし、その選択肢もある。しかし、それでは歌にはなりません」
「はい」
「では平凡な生活では歌になりませんねえ。何か、一寸したことがなければ。動物園へ行き、面白かったとだけの作文を書くようなものです。ワンポイント、何かいるのですよ。個人的な感じ方でいいので、ああそのように感じたのかというところがいいのです」
「はあ、歌は難しいですねえ。感性が必要なんですね」
「いや、感性は誰でも持っていますよ」
「でも、ありふれた感性では、優れた感性だとは言えないでしょう」
「そうですねえ。歌になりません」
「では、何でもないようなことを歌にするのは駄目ですか」
「それはある意味で難解な歌になりましょう」
「ほう」
「探さないといけませんからね。何故そういう歌を詠んだのかを」
「だから、そのまんまだったりして」
「じゃ、歌にする必要はないでしょ」
「そうですね」
「あなたの歌、人の感性の真似で、パターン化したものです。だから感心しません」
「そうですか。やはり歌人は無理なようです」
「まあ、無感性な歌もありますがね」
「あ、そちらがいいです。ややこしいことを捻り出さなくて済みます」
「しかし、無感性な歌なので、人々の感性には響きません」
「でも感性には響かなくても、無感性には響くのでしょ」
「まあ、聞き取りにくいノイズのようなものです。偶然語呂が揃って、いい感じのものが生まれますが、これは、偶然なので作れない。しかし、作ろうとします。だから、臭くなる」
「そちらも難しそうですねえ。やはり私は歌人は無理だ。いい趣味だと思ったのですがね、けちょんけちょんに言われると、作る気がしなくなりました」
「歌道は険しいもの」
「呑気そうで良かったのですが」
「そうですねえ、だったら戯れ歌なんかはどうですか」
「それは楽しそうだ」
「しかし、これもセンスがないと駄目なので、あなたではどうでしょうかねえ。そう言った洒落、冗談などが上手いとは思えませんが」
「じゃ、恨み節はどうです。これは得意です。恨み手帳や、妬み手帳、大作として復習ノートを付けていたほどですから」
「ほう、しかし、風雅とは少し違いますが、まあ、それも一つの風情。人の感情を表してますからね」
「はい、やっとやるべきものが見付かりました」
「それをやられるのなら、脱会してからにして下さいね」
「破門のようなものですか」
「ふさわしい弟子ではなくなりますので」
「はい分かりましたが、これも恨み節に入れておきます」
「あ、そう」
 
   了



2021年8月22日

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