小説 川崎サイト

 

物語る


「世の中には物語がある。当然個人にもある。その物語の一つを聞いて下さい」
「はい」
「では始めます」
「はい」
「紡績に関する物語でして」
「あのう」
「何かな」
「いえ」
「じゃ、続けます。繊維関係の歴史の中で、その工場は特殊な織り方で、人気を得たのですが」
「あのう」
「何ですか」
「もう眠いです」
「それは早い。まだ物語っていませんが」
「いえ、何の物語かは、もう分かりました。それで、眠気が」
「紡績についての物語を聞きたくないのですか」
「はい」
「では、繊維関係の話も」
「同じです」
「どうして」
「だって、興味が」
「しかし、君が将来そんな関係の会社なりに入った場合、これは生きますよ」
「そちらへの進路はないかも」
「でも、そちら側の人と接触する機会があるでしょ。そんなとき、この物語が生きます」
「でも眠いので」
「仕方ありません。では長宗我部家の家臣で、その後、商人になった人の物語は如何ですか」
「何ですか、長宗我部って」
「四国の人です」
「いつの時代ですか」
「戦国時代から明治、そして大正から、戦前までの話です」
「長そうですねえ」
「はい。何回かに分けて、お話しするつもりです」
「もうそれだけで眠いです。飽きること間違いなしです」
「歴史に興味はないのですか」
「普通です」
「では、長宗我部の家臣の話を始めたいと思います」
「あのう、別のをお願いします」
「下田淵の幽霊の話などは如何です」
「それそれ」
「聞きますか」
「はい」
「下田湾に注ぐ下田川、その上流に深い淵がありました。まずは地形を説明します。下田湾には港があります。下田川の河口です。そこから川船が出ており、かなり上流まで行ってます。下田淵近くで川港は終わるのですが、そこは遊び場。遊女などがいるお店がありまして、幽霊とは、そこの遊女です」
「あのう」
「何ですか。これなら興味があるでしょ」
「それっと実録ですか」
「いえ、フィクションです」
「あ」
「どうかしましたか」
「怪談物は、本当にあった話しか聞かないもので」
「でも本当の物語なら、怖いでしょ」
「だから良いのです」
「じゃ、別の物語をやりましょう。今度はリクエストして下さい」
「はい」
「決まりましたか」
「先生はどうやって、こんな話をするようになったのかの物語が聞きたいです」
「あ、そう。でもそれは語れません」
「あ、はい」
 
   了



2021年8月23日

小説 川崎サイト