小説 川崎サイト

 

和菓子


 雨で気圧がぐっと下がり、気温もドンと下がったので田沼は調子が悪い。
 元々低気圧に弱いのだが、そのうえ急に寒くなった。だから二重苦。ただ、気温の低下は夏なら喜ばしいだろう。苦ではなく、楽。
 しかし、今は秋。夏ほどには暑くはなく、涼しすぎるほど。
 他人や世間から受けた苦痛ではないので、同じ地域の人なら誰も被ることだが、恩恵もある。だが、恩恵よりも、苦痛が少ない方がいい。ただ、少し寒いからといって、それを苦痛とまでは言わないが。
 どちらにしてもその日の田沼は調子がよくない。だが、いい日があるのだろうかと、考えると、思い出せないほど。これも調子がいい日は、そのことが目立たないので、忘れているのだ。
 今日は調子がいいがアリガタヤとは思わない。これは余程調子が悪かった人だろう。または感謝癖の人。
 どちらにしても田沼は調子が悪いことが普通になっている。だから、いつもの状態なので、正常かもしれない。
 それでいつものように買い物に出たのだが、息苦しい。やはり気圧が低いためだろか。晴れている日は高気圧に覆われている。そのときは何も感じない。いいときは何も思わないのだ。
 買い物、それは食べるものや、暮らしに必要なものの調達。一人暮らしの人なら誰でもやっていることなので、特別なことではない。
 特別なこと。これが田沼には欠けている。それで大きな買い物でもして、気を晴らすか、または普段なら食べないようないいものを食べに行くか、などと考えたりする。
 空が晴れないのなら、気を晴らすのがいい。
 それで、買い物の途中で、和菓子屋に寄ることにした。その店の饅頭などは自分で食べるものではなく、手土産用だろう。この地の銘菓で、この地の名前が入った和菓子だが、それが何種類もある。
 饅頭好き、和菓子好きでも、普段買うようなものではない。
 田沼は、その高い和菓子屋に入り、色目の綺麗な華やかなものを見ただけで、気が晴れだした。紅白饅頭もあるが、晴れ晴れしいが、贅沢感がない。途中で飽きそう。
 それで、適当に詰め合わせた箱物を買うことにした。何種類かあるが、一人で食べることを考えれば、小さいのでいい。一気に食べられないので、残ってしまうし、甘いものは好きだが、量が多いと、飽きるだろう。
 のし紙を付けましょうかと聞かれたが、それはパス。しかし、綺麗な紙袋に入れてくれた。
 それをぶら下げて店を出たのだが、気持ちがいい。雨は降っているし、気圧も低いが、少しだけ晴れた。
 高級和菓子効果というのがあるようで、二三日はいい気分だった。
 
   了
 

  


2021年9月6日

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