小説 川崎サイト

 

峠の茶屋


 峠の茶屋。これはよくある。村と村、村と町、町と町を結ぶ道沿いにあるが、一軒しかない場合は、中間の峠にあったりする。
 境界線近くで、一寸した坂道、人が用事で行き交う道なので、できるだけ平坦な場所を通っているが、山が境界線になっていることもあり、少しだけその山を超えないといけないが、できるだけなだらかで、低い山裾を越える。何も山並みの頂上を越える必要はない。
 町から外れすぎ、村からも外れすぎた場所に峠の茶屋はあるが、そこからは村や町が見えていたりする。しかし、人が住むような場所ではないことが多い。小さな村、小さな町から離れすぎていると、そんなものだろう。
 だが、恐ろしく遠い場所ではない。
 その峠の茶屋、爺さんがやっている。婆さんでもいいし、若い夫婦がやっていてもいい。当然老夫婦でもいい。
 そして、通いではなく、その茶屋に棲み着いている場合がある。
 その茶屋は、爺さんが一人で棲み着いている。というより、爺さんはここで産まれた。だから、それなりに大きな建物で、田はないが畑はある。山仕事もやっているが、猟師ではない。
 元々は近くの村の人だったが、通いでは面倒なので、爺さんの親の代に、そこに引っ越した。だから所属村がある。一応村内だが村外れ。外れすぎているが。
 町へ出る人は、この峠を通る。また、町から村へ行く人、戻る人も、ここを通るが、それほど多くはない。当然その中には見知らぬ旅人や行商人もいる。
 その爺さんが消えた。店の雨戸は閉まったまま。叩いても出てこないし、裏から入ってみるが、いない。急用でもできたのだろうか。前日に村人が立ち寄り、爺さんと話しているが、閉めることなど聞いていない。
 雨戸が閉まっていることから、出掛けたのだろう。急に消えたわけではないが、夜に消えたとすれば、雨戸は閉まっているので、出掛けるために閉めたのではなく、暗くなったので、店じまいで閉めたのだろう。
 村の親しい爺さんの知り合いが、茶屋の中や、母屋や、そのあたりの小屋を探したが、やはりいないし、消えた理由になりそうなものも発見されなかった。
 爺さんには娘や孫もいるが、遠いところで、暮らしている。そこへ行くのなら、村人に伝えるだろう。
 三日後、茶店の前を通った村人は、店が開いているのを見た。中に入るまでもなく、爺さんが座っている。
 村人は恐る恐る近付くと、爺さんはいつもの調子で、出迎えた。
 二三日閉まっていたが、何かあったのかと爺さんに聞くと。そんなことはないという。
 普通に店を閉め、普通に寝て、普通に起きてきて、店を開けただけ。何も変わっていないと。
 峠の茶屋が閉まっていたことは、複数の村人や、町の人も見ている。
 世の中には不思議なことがあるものだ。
 
   了


2021年9月8日

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