小説 川崎サイト

 

ああなるほど


「久しぶりに晴れましたねえ」
「秋晴れというには今一つですが、まずまずでしょ。青空が見えているだけでも十分。長雨が続いていましたからね。もう晴れはないものかと思いましたが、待てば海路の日和あり」
「まあ、晴れていても雨でも、私らはそれほど関係しませんがね」
「いや、僕は家庭菜園をやってまして、雨の日は放置状態です。曇っている日、たまに見に行きますがね。別に異常はありません。まあ、失敗してもいいのです。誰も困らない。むしろ家の者は喜んだりしますよ。妙な出来損ないを食べなくても済むのでね」
「でも売っているものと違うでしょ」
「当然です。形は悪いし、小さかったりしますが、味はいいです。本来の味なんでしょうねえ。たまに野菜の直販所のを買いますが、それに近いです」
「それで、雨だと手入れができないので、困るわけですね」
「そうです。しかし、雨の日は野良は休むもの。そういうふうに習いましたが、こう雨が続くと、休んでばかりいられません。それに畑に出ている方が楽です。やることがあるので」
「今日は晴れていますよ。もう出られたあとですか」
「いえ、今日はサボっています。何となく体調が優れないもので」
「それはいけない」
「そんな日もたまにあります。畑はやはり元気なときに出ないと、楽しくありません。本職じゃないですからね」
「実は私もそうなんですよ」
「畑をやっておられるのでしたか」
「いえいえ、体調が優れなくてね。本来なら観光地へ行く予定だったのです。やっと今日は晴れたので、行けると思ったのですが、身体がよくない。これもあなたと同じで、元気なときじゃないと、行っても楽しくない」
「そうでしょ」
「仰る通り」
「しかし、観光地巡りの趣味があるのはいいですねえ。私なんて、無趣味だ」
「無趣味だから、観光地へ行くのですよ」
「そうなんですか」
「日帰りのバスツアーなどにも参加しますよ。あれは遠足だ。懐かしい」
「でも遠足は学友とかがいるでしょ」
「いても、友達が一人もいなかったので、同じですよ。見知らぬ人達と一緒の方が気楽だ」
「ああ、なるほど」
「本当は観光地なんて、興味はないんですよ。分かったような、気に入ったような。凄いなあ、とか綺麗だなあ、とか珍しいなあとか、感心した顔をしていますがね。何も感じていません。見ても分からない。でも普段とは違うものを拝見できたりしますので、もうそれだけでいいんです」
「そうなんですか」
「烏合の衆の一人です。気楽でいい」
「人それぞれですなあ。しかし僕も似たようなものですよ。野菜が好きなわけじゃないし、畑仕事が好きなわけじゃない。一寸違ったことがしたいだけですよ」
「ああなるほど」
 
   了


2021年9月12日

小説 川崎サイト