小説 川崎サイト

 

台風と護摩


「台風が近付いています」
「庄司氏が来るのですか」
「いや、台風です。台湾沖で発生しました、どうやら、こちらに向かっている」
「ああ、本物の台風ですか。台風といえば西瓜を思い出します」
「ほう」
「台風は台を丸く囲んであるでしょ。玉のように。西瓜です。で、今回の出来はどうなんですか」
「西瓜で言えば、中玉でしょ。一般的な大きさ。大きくもないし、小さくもない」
「それは持ち帰りやすいですね。小さいのもいいのですが、お供え物だと貧弱に見える。自分で食べる分なら小さい方がいいのですがね。食べきれないので。だから、カット西瓜がいいですなあ」
「台風で雨になるらしいので、イベントは中止かもしれません。火を使うのに、雨ではねえ」
「今年も護摩焚きの時期になりましたか」
「夏じゃ暑くて無理。冬場の方がいいのですが、これは焚き火のようになる。暖かいので、そちらの方に気を取られる。だから、秋がいいのです。暑くもなく寒くもない季節が」
「護摩木をまだ買っていません」
「そうですねえ。当日は混雑しますし、そこに願い事を書くにしても、一寸書きにくい。これはやはり落ち着いた場所で書いて、持って行くのがいい」
「しかし、雨じゃ中止でしょ。延期はなかったのですか」
「ありません。でも雨でも焚くのです。ただし一般の人は参加できません」
「見たいものですなあ。まあ、火の勢いが強ければ、多少の雨でも」
「台風で、大雨だと無理でしょ。火を何処で付けるかです。まさか灯油をまくわけにはいかないかと」
「キャンプファイヤーのようなものですからねえ」
「そうそう」
「それでね。護摩焚きキットがあるのです。小さいですが、それを売っているので、台風が来る前に買い求めるつもりです」
「自宅で、護摩を焚くのですか」
「そうです」
「コンロ付きの一人鍋のようなものですね、しかし何か怪しそうだ。誰かを呪詛したりとか」
「いや、ただの願い事を書いた護摩木を入れるだけですよ」
「その願いとは庄司氏に死んでもらいたいとか」
「確かに彼は台風ですが、人災でしょ。これは防げる。それに呪い返し、呪詛返しがあるので、庄司氏に知られれば、倍返しされるでしょう」
「庄司氏が来るのはいつですか」
「台風が最もこちらに近付いて来る日です」
「じゃ、ダブル台風だ」
「どちらも来ないことを願いたい」
「そうですね」
 
   了


2021年9月19日

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