小説 川崎サイト

 

空祭り


 三坂と古くから呼ばれている場所がある。今でも通用するが、町名変更され、何々町三丁目となった。故意に三丁目にしたわけではなさそうだ。三坂は三丁目、丁度だ。
 三坂とは三つの坂が集まるところ。下から見れば、ここで坂は終わる。上から見れば、坂が三方にある。それぞれ道がついている。
 そして坂の上に神社がある。当然だが、それが三坂神社。この辺りの土地を三坂と呼んでいたのは三坂神社があったからなのか、地名が先なのかは分からない。
 祭ってあるのは、コンビニのように、何処にでもいるような神様ではなく、聞いたことのない神名。古事記などに一寸だけ出てくる神様でもない。
 長ったらしい名前だが、これは人名。略してヒロカさんと呼ばれているが、その名を口にしてはいけないため、土地の名の三坂様と呼んでいる。だから、土地の名が先で、神社の通称名はあとということになる。
 この神社、何処とも繋がっていない。小さな神社で、坂の上の繁みの中にあり、そこへ登る石階段の方が立派だ。登りきると納屋のようなものが見える。鳥居はない。
 神主はいない。氏子もいないが、世話をする家々がある。そして行事などはない。納屋のような本殿。しかし本殿しかない。中は空っぽで、鏡さえない。部屋の突き当たり、奥の板壁に祭壇のようなものがあるが、見た感じ納屋の棚に近い。お供え物などを置く場所だろう。
 ただ、行事がないので、この納屋のような本殿は、閉まったまま。鍵は付いていないが、取られそうなものは何ひつとない。ただ、たまにお供え物が置いてあることもある。
 三坂神社から、三つの道が見える。いずれも坂道だが、それほど長くはない。勾配も穏やか。
 三つの坂は道幅が違う。一番幅があるのは真ん中にある道で、普通の道路。残る二つは狭いので、車は滅多に入り込まない。
 しかし、この坂沿いに古い家が結構残っている。そこの人々が三坂神社の世話をしているのだろう。神社の土地は共有地。
 納屋のように見えるのは、納屋だったからで、山仕事に出るときの、基地のようなもの。
 その前は建物などはなかった。三坂神社そのものに神殿はない。坂の上のこんもりとした岡。岡そのものが神域だった。
 神様よりも、場所がいいので、納屋を建てたのだろう。また、土地の人が集まる場所としても、丁度良かった。
 この辺り、旧村時代にしっかりとした村の神社があり、今もある。だから三坂神社などいらないのだ、ヒロカ様が降臨したとの言い伝えがあるので、その岡を聖域としただけ。
 ヒロカ様は略名で、長ったらしい名で、どんな神様なのかは、もう忘れられている。そしてヒロカ様という名は呼べないので、これも知っている人でも忘れがち。結局は地名の三坂さんとして親しまれている。
 何かよく分からないものを祭る。空祭りとでもいうのだろうか。
 
   了


2021年9月20日

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