小説 川崎サイト

 

もののけ


「秋に出る妖怪でお願いします」
 妖怪博士は、考えた。季節ものの妖怪だが、その季節にあるものと一緒に出るような気がするが、単独で妖怪だけがその季節だけに出る場合もあるだろう。妖怪にも都合があるし、段取りもあるし、当然事情もある。その内情までは分からないが、内面どころが外面もなかったりする。
「どうですか、先生」
「もののけというのがおる」
「モノノケですか」
「漢字で書くと、物怪となるが、仮名で書く。だから、もののけ」
「妖怪とほぼ同義でしょ」
「細かな違いはあるが、妖怪という妖怪はいないが、もののけという妖怪はおる。妖怪を代表して、ただ単に妖怪と総称で呼ばれるのではなくな」
「そのもののけが秋に出るのですか」
「秋に見られるということじゃな。年中おるかもしれんが、秋に人目に触れる」
「どうしてですか」
「物寂しいからじゃ」
「はあ」
「そういう秋の物悲しさのようなものが心にないと、見えない」
「じゃ、悲しい妖怪なのですね」
「遠い昔は平安貴族に可愛がられていたらしい。それもかなり位の高い公家さんにな。この公家さんが物悲しい人でな。それでもののけとの相性が良かったのだろう。もののけは食客として待遇された。破格の優遇じゃろうなあ。かなり。大した役には立たんが、まあ、ペットのようなもの」
「長い話と言うより、昔の話ですねえ。そのもののけがまだ生きているのですか」
「この妖怪は長生きする」
「生きすぎですねえ」
「木なども長生きする。縄文杉のように」
「あ、はい」
「ところがその公家さん、零落した。政敵に負けたのだろう。都を追われた。そして二度と戻ることはなかった。もののけは、そのとき食を失ったが、今まで優遇されていたのだから、普通に戻ったのだが、いつも、その頃のことを思い出すようだ」
「しみじみとするのですね」
「世が世であればいい暮らしをしていたのじゃ」
「はい」
「それで、野辺などで、ポツンと佇んでおる。それがもののけだ」
「でもどうして、もののけなんですか」
「顔は人に近い。ただ、毛が生えておる。だからケモノ」
「それが秋に出るのですね」
「ああ、淋しい季節。物悲しいような季節に」
「しかし、先生。子供向けの雑誌なので、一寸地味すぎます」
「そうか」
「はい」
「私はこの妖怪が好きなんだがなあ」
「はい、もっと派手なので、お願いします」
「うむ」
 
   了

 


2021年9月29日

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