小説 川崎サイト

 

さっぱり


「最近どうですか」
「さっぱりです」
「さっぱり駄目だと」
「そうです」
「最近会う人会う人、そう言ってますねえ。流行っているのですか」
「ああ、口癖ですよ」
「なるほど」
「しかし、あまり良い状態でないのは確かなので、嘘じゃありません」
「では良い状態のときはどうおっしゃるのですか」
「さっぱりです」
「同じなんですね」
「そうです」
「じゃ、さっぱり駄目というのは今日はと同じなんですね。ただの挨拶」
「まあ、そうなんでしょうねえ。しかし、調子いいですよ。景気いいでよと、聞くよりもいいでしょ」
「よく分かりません。ずっと世話になった人と会ったときは、さっぱりです、なんて、いえませんよ。相手も世話のしがいがない。そういうときは、何とかやってますとか、おかげさまでまずまずです、とかを相手は聞きたいんじゃありませんか」
「そうですねえ。相手によって変えます。しかし、私はいつもさっぱり駄目なままですがね。それでも世話になった人には、そうですねえ。やはり、さっぱりですよ、とはいえないですね。嘘でもいいので、調子が良いと言いたいですが、そこはぼかします。どう良いのかを聞かれたりしますからね」
「さっぱり駄目と、良いとの境界線は何処なんでしょうねえ。調子が良いと、調子が悪いの境界線は何処で決まるのでしょうねえ」
「あなた、かなり細かいことに興味があるようですね。まあそんなものは適当ですよ。ところで、あなたは最近どうですか」
「え」
「調子は」
「はあ」
「良いのか、悪いのか」
「さっぱりです」
「何が」
「だから、さっぱりです」
「さっぱりしたのですか。散髪屋に行ったあとのように」
「いえ、さっぱり駄目です」
「分かりました」
「え、何がです」
「さっぱりの後に続く言葉を言わなければいいのです」
「ああ、なるほど」
「使えそうでしょ」
「はあ」
「いい話でしょ」
「さっぱり」
 
   了



 


2021年10月6日

小説 川崎サイト