小説 川崎サイト

 

お食事処


 とある会合に呼ばれた作山は、自分などはお呼びが来ないと思っていた。それに偉いさんが大勢来ているだろう。
 師匠ばかりのところに行ってもどうせ末席、身を小さくし、ずっとかしこまっていないといけない。これは窮屈だ。
 それで欠席しようかと考えた。別に義務はない。偉いさんの中にも健康状態が優れないとか、他に用事があるとかで、欠席する人もいるはず。
 作山の存在は殆ど知られていない。それが上り調子の新人なら歓迎されるかもしれない。作山の年代になると、年を取っているだけ。
 それに、その年になるまで名も知られず、評判にもなっていない。ただ、いるだけの人。
 意外とそれが作山には合っている。だから会合もその感じで出ればいい。どうせ、いるかいないか分からないような存在なので、逆に目立たない。
 それに夕食のおかずを買っていない。何を食べようかと迷っていたので、出席すれば、夕食代も浮くし、それなりのものも出るだろう。誰かと話すわけではないので、食事だけに専念できる。
 これは意外といい。それで、作山は出席することにした。
 会場は大広間。別に席順があるわけではないが、作山は末席に近いところに座る。それでも後輩の後ろ側だ。これは自動的に決まるようだが、別に何処に座ってもいい。しかし、幹事がそれなりに決めてくれる。ここにどうぞと。そのとき、幹事が上下を考えているのだろう。
 膳は既に出ていて。すぐにでも食べられる。上の方で、幹事が何やら喋り、何やら話が進んでいるようだが、作山はお食事処として来たようなものなので、食べることに集中した。
 そのとき、上座で作山について話されているのが聞こえてきた。名前が出たからだ。他の名前も出ているので、偉いさん、これは殆どが師匠。別に自己紹介などはないので、幹事とかが、来ている人を紹介しているのだろう。あれはどこそこの弟子で、何々さんだとか。
 ところが作山のところで、止まってしまったらしい。
 作山は誰の弟子なのかと言うことで、話が止まっているのだ。
 上座は遠い。そしてそれらの会話は私語に近いので、声が小さいので、それ以上聞こえない。
 ここに来ている人は全員師匠がいる。上座に座っている師匠達にも当然師匠がいた。さらにその師匠にも師匠がいた。お父さんがおり、お爺さんがいて、曾爺さんがいるようなもの。上席にいるのはお父さん達だ。
 ところがある長老が話し出したのだが、作山の師匠はその上の曾爺さんに当たる。間のお父さん達を飛ばしているのだ。
 それで、上座の偉いさん、師匠達は動揺しているのだ。少しざわめきが起きる。師匠の一人が幹事に用意するように伝える。
 幹事が夕食代わりに食べている作山のお膳を持ち上げ、上座の一番上のさらに上に運んだ。床の間に接するような場所だ。
 つまり、作山の師匠は、今の師匠達の上の師匠と同格なのだ。
 今の師匠達にとってお父さんの兄弟の叔父さんに当たるのが作山の位なのだ。だから、最上座待遇になる。ただし、床の間の柱がすぐ後ろにあるので、窮屈だが。
 まあ、孫を養子にしたようなもので、ひと世代、またいでしまったことになる。
 作山の師匠はよぼよぼの老人だったので、教えてもらったことは一度もない。そしてすぐに亡くなった。だが、作山を気に入っていたらしい。
 幹事が調べたところ、弟子とした、と記録にある。
 しかし、作山は師匠がいないのと同じなので、独学で、全て自分で考えて行動した。横の繋がりも縦の繋がりもない人だった。
 その後、作山はその地位を活かし、大活躍した、という話はない。会合へは多く出るようになったが、夕食が浮くため。
 そして上座は床の間の柱が近いので窮屈だといい、相変わらず下座に座り、お食事処とした。
 
   了


 


2021年11月2日

小説 川崎サイト