小説 川崎サイト

 

明るい路地


 陽当たりのいい路地がある。路地の入口に陽が当たる。それで、路地が明るい。日向臭いほど。
 左右の建物もそれで明るい。門や柵や塀や玄関口も明るい。そのためか、色々な植物が植えられている。日当たりがいいので、育ちやすいのだろう。
 樫本はその路地を通るのを日課にしていた。駅へ出るときの通り道だが、これは寄り道に近い。
 少し遠回りになるが、ここを通りたい。それで時間もそれに合わせている。少し早い目に出る。車が入り込めないほど狭く、また自転車ですれ違う場合もギリギリだ。当然信号はない。だから、信号待ちの時間を考慮しなくてもいい。
 ところが、早い目に行かないといけない用事が入ったため、呑気に、そんな路地など通っている場合ではないので、寄り道なしで行くことにした。
 そういう急ぎの用があるときでも、余裕を見て出れば、路地を通れる。ただ、その日は曇天で、雨が降りそうなほど暗い。陽当たりのいい路地ではなくなっているので、無視したのだ。
 路地は薄暗いと相場が決まっているが、陽当たりのいい路地もある。しかし、薄暗い方が路地らしいので、そこを通ってもいいのだが、それでは普通の路地になってしまう。
 だが、普通の路地でもいいのではないかと、途中で考え直した。大事な用事、それに関しては、何も考えず、寄り道のことばかり考えている。
 時計を見ると、少しだけ余裕がある。少し早足で歩けば路地経由で、駅に出られる。
 毎日のように通っているので、曇りの日や雨の日も通っているため、それなりに見慣れている。しかし、あまりいい感じはないので、さっさと通り抜けていた。
 だから、その日に限って、その路地へ寄らない方がおかしい。そう樫本は考えた。というのも、道順が違うと、落ち着かないためだろう。やはりいつものところを通る方が安定する。これは儀式のようなもの。
 では何故、その日に限って寄り道を避けようとしたのだろう。急ぎの用のためではない。これは言い訳だろう。
 何故か、行きたくないと、思ったのだ。
 空を見ると、真っ白だが、少し灰色がかっている。だから暗い。
 特に異常な空ではなく、よくある空模様。
 大通りから外れ、まだ新しい住宅地の広い目の道路の枝道に入る。ここから、古い家が少しだけ残る一帯がある。あの陽当たりのいい路地はそこにある。
 そしてその枝道を進み、右へ曲がったところから例の路地になるのだが、曲がった瞬間、ぱっと陽射しが戻り、路地を明るく照らした。
 これだったのか、避けたかったことは、と樫本は合点した。
 急に晴れるわけがない。明るい路地の向こうの空は快晴。有り得ない。
 そういう世界に入り込まないように、何となく、行きたくないと感じたのだろう。
 
   了


2021年11月7日

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