小説 川崎サイト

 

晩秋


 晩秋、陽射しが暖かい。まだ寒くはないので、いい気候だろう。それも束の間の話で、すぐに寒くなる。
 その頃でも小春日和があり、そこはオアシス。別に水が欲しいわけではないが、秋の終わりなのに春。小さな春。これは本当の春が来るまでは連続しないが、単発的に来る。
 春を先取りしているわけではない。今年の春は、ずっと後退したが、経験済み。だから、来年の春を寒くなってきた頃から待つというのも、それは早すぎる。冬さえ、まだ来ていないので。
 晩秋というのはやはり晩だろう。一日でたとえれば夜になる。しかし、まだ一日は終わっていない。その日のメインではないが、晩ご飯がある。ご飯だけがメインの生活もあるが、食べることの楽しみは確かにある。
 夕食はまだ日はあるか、暗くなりきっていない。しかし、晩秋の夕方は早いので、夜と変わらない。だから晩。
 奥田はそんなことを思いながら、下の方で紅葉している桜を見ている。建物の三階からだ。小さな喫茶店があり、島田の隠れ家。
 買い物をしたとき、ここで休憩することが多い。また、買い物前に、買う決心を固めたり、もう一度選択のやり直しなどをやる。そういう買い物ができるだけでも平和なものだろう。
 実用品も買うが、欲しいのは実用性を兼ねた趣味の物。趣味に対しての実用性があるのだが、日常の中で役立つものではないし、仕事にも使わない。
 一年の晩が晩秋ではない。もう少し先。寝てしまうと冬だとすれば、まだまだ夜長。
 晩秋、暮れゆく年にしてはまだ早い。クリスマスあたりなら、その気になるが、今はまだ余裕がある。
 三階から見る桜は、ほぼ真上。上からの視点だ。葉は既に赤っぽく、緑の葉は残っておらず、赤や黄色の葉もかなり落ちてしまった。もうすぐ枝だけになるだろう。そこからが冬。今は紅葉。あとしばらくかもしれない。
 葉が紅葉するのも、葉が落ちていくのも徐々に。まあ、強い木枯らしなどが吹けば、一気に落ちるかもしれないが。
 そして、幹と枝だけになった桜など、もう誰も見向きもしない。
 こういうのは自分の人生と重ね合わせてみることが多いが、奥田はそれを避けた。ありふれすぎているためだ。
 そして、これは何度もやったので、もう飽きたのだろう。
 
   了
 


2021年11月8日

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