小説 川崎サイト

 

妖怪談


 秋の終わり頃、ひと雨降ったあと、寒くなった。まるで冬のよう。小春日和はあるが、小冬日和はない。小さな秋を見付けるように、小さな冬は探してまで見付けない。
 小さな春を見付ける話もある。どうも冬は嫌われているのか、価値がないようだ。やはり寒さよりも暖かさの方がいいのだろう。冷たい人よりも暖かい人の方が。
 しかし、夏は涼しさを求める。だが冬のような冷たい風は吹かない。
 ひんやりするもの。夏場はそういうものが欲しい。それで怪談映画などは夏場に上映されることが多い。これは納涼大会のようなもの。
 では妖怪はどうか、などと妖怪博士は考えた。これは結構暑苦しいのではないか、生温かさがある。冷たい妖怪もいるだろうが、自然界での妖怪はケモノが化けたものが多い。だから毛が多いので、涼しくはない。
 それに妖怪談は生ぬるい話が多い。決して怖くはない。雪女、雪女郎まで妖怪に加えれば、涼しいだろうが。冬でないと出ない。背景が雪でないと。
 柳の下の雪女、これは誰だか分からない。やはり吹雪の山小屋とか、そういった場所なら、そこに出る女なら雪女。男なら雪男になり、これは怪談ものではなく、雪男はモンスターものになるだろう。ビッグフットのような。
 妖怪博士はそんなことを考えているとき、いつもの担当編集者がやってきた。既にコートを着ている。やはり外は寒いのだろう。室内も寒い。
 妖怪博士はホーム炬燵に入っている。温泉だ。
 担当編集者は、温かい缶コーヒーをポケットから二つ出し、テーブルの上に置く。
「すぐに冷えますので、熱いうちに」
「まあ、まだ秋、そこまで寒くはないが」
「いや、外は結構冷えましたよ。風もあるし」
 編集者は別に用事はないようで、用件を言ってこない。だから、休憩で来たのだろう。
「何処へ行っていたのかな」
「はい、この近くの病院跡が心霊スポットになっていましたので、見に行ってきました」
「木村病院か」
「そうです」
「で、出たかね」
「計器で計っている人がいました。そういうチームがあるのです」
「何を計るのかな」
「温度とかです。人が中にいれば、分かります。色で分かります」
「体温はコンクリートよりも高いからなあ」
「そうです」
「じゃ、生温かい幽霊がいるのか」
「分布です。空間内の温度の」
「あとは?」
「磁気を調べています。赤外線カメラとかも使っています」
「最近はそういったハイテクが流行なのじゃな」
「それらしく見せているだけです」
「何をだ」
「だから、科学的に調査している振りのようなものですよ。そういうのを設置したり、使うのは」
「私の友人で、幽霊博士がいるが、彼も来ていたかね」
「一度見学に来ていたとか」
「どう言ってた」
「やはり手ぶらよりも、そういうのがある方が客観性が出ていいなあとおっしゃっていたとか。幽霊よりも、そういう機材を見ていたとか」
「それで、幽霊はいたのか」
「さあ、まだ調査中で」
「幽霊だと決め付けておるのではないのか」
「え、じゃ、何でしょう。幽霊以外で思い付くようなことは」
「あるじゃろ」
「あ、妖怪」
「正体が分からぬうちは、何が出ているのかも分からん」
「じゃ、妖怪の可能性もあるということですね。それじゃ妖怪博士の出番」
「いや、妖怪も含めて、他の可能性があると言っておるだけ」
「先生も是非、調査を」
「幽霊が出る病院だと言い出したのは誰だか分かるかね」
「分かりません」
「ただの廃業した病院だろ」
「そうです」
「中に入れるのかね」
「許可がいりますが」
「一度、その前を通ったことがある。出そうな建物だった。そのせいじゃろ。幽霊が出るような雰囲気があるのでな」
「そうですね」
「君は、それを取り上げないのかね」
「ありふれていますし、それに何かいると、怖いですから」
「その通り、そんな場所は、弄らない方がいい」
「はい」
「もう今日は十分寒いので怪談の冷房はいらん」
 担当者は、時計を見て、あっと驚いた顔をし、さっと出ていった。
 ちょっと休憩に来ただけのようで、ただのコーヒータイムだったようだ。
 妖怪博士は、編集者が持って来た缶コーヒーを飲むが、一口飲んで、辞めた。
 そのメーカーの缶コーヒー、甘すぎるのだ。
 しかし、缶を爪で、コツンコツンと、いわせながら、先ほどの妖怪談に、頭を戻した。その先は、遠い遠野の雪の中だったりする。
 想像上のもの。これは安心だ。
 
   了


2021年11月12日

 

小説 川崎サイト