小説 川崎サイト

 

調子の良いとき


 篠塚は今朝は調子が良い。それはまずいと思った。
 身体が軽い。何をやるにもスラスラといく。動きがいい。頭の回転も速く、複数のことをさっと認識し、さらに先取りできるほど。
 困ったものだと、篠崎は考えた。調子が良いときは、そのあとが怖い。これは良い状態などそう続かない。次は調子が悪くなるだけ。
 それで篠崎は調子の良さを隠した。誰に。これは自分に。
 それで、調子が悪いというか、まずまずの調子に戻そうとした。だが、調子が良いので、前向きになり、前のめりになる。前へ出やすくなっている。先へ先へと出ようとする。これを何とか止めようとしたが、少し油断すると、前へ前へと出てしまう。
 調子が良いのは良いことなのだが、リスクもある。前に出すぎること、早いこと。急いでいるわけではないが、さっさと進む。このとき、結構危ない。
 ガードが下がっているのだ。打ち合おうとしている。
 こんなとき、人と会えば危ない。何を言い出すか分からない。押さえていたことを出してしまいそうになる。
 調子の悪いときは、なあなあでやっていた。元気がないためだ。積極性がない。覇気がない。一つのことをやるだけで一杯一杯。ただ、ガードは堅い。意外と安全なのだ。しかし、目的を果たすのは遅い。
 そして、のんびりとできるのは、この調子の悪いとき。元気なときは元気なのんびりになる。これは水と油を混ぜたようなもの。弾けたのんびり具合になる。だから、のんびりなどできない。頑張ってのんびりさを味わうのはどうかしている。
 それで、元気な馬の手綱を引き、セーブしていたのだが、元気さが沸騰する。蓋をするので、湯気が余計に出るようなもの。
 別に元気さによるリスクがなくても、調子が良すぎると調子が狂う。篠崎のいつもの調子に合っていない。気持ちはいいが、乗り心地に不安を感じる。
 これはすぐに衰え、元気さも、調子の良さも落ちるはずなので、熱が冷めるまで、待てばいい。決して悪いことではない。
 しかし、調子が良いときに限って、そのあと、厳しくなることを知っている。良いことのあとには悪いことが重なるようなもの。こちらが怖い。
 良いことがあったあと、どんな悪いことが来るのか、それを心配したりする。
 だが、調子が良いのは篠崎が作為したことではなく、偶然だ。そういう波があるだけ。
 だから、どんな波でも、それなりの過ごし方をすればいいのだろう。そして調子が良く元気なときは、それに乗るのもいい。しばらくのことで、明日になると、別の波に変わっているだろう。
 しかし、調子の良いときほど、少しは注意しながら過ごすのが良いだろう。
 そういう結論を篠崎は下した。そんな大層な問題ではないのだが。
 
   了


2021年11月20日

 

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