小説 川崎サイト

 

妖怪婆


 妖怪博士は御札をよく使う。それを札束のように持っているのだが、切れたときは札売りの婆さんのところへ買いに行く。
 御札、護符。呪文が書かれたもので、読めない文字。また読み方もない。札売りの婆さんはそれを手書きで書く。朱色を使う箇所もあるが、これは値段が高い。
 妖怪博士なので、当然妖怪除けの御札を多く買う。だが妖怪に特化したものではなく、魔除けのようなものだろう。手書きなので、当然高い。
 札売りの婆さんは、その関係の末裔だが、血はとっくの昔に切れている。しかし、家を継いでいる。御札は御札帳というのがあり、先祖代々大事に保存してある。これを見て、婆さんは御札を手書きで書く。紙は和紙だが、これは安い。
 御札は受注生産で、直接販売、郵送や宅配では駄目。
 それで注文していた御札が出来上がる頃なので、取りに行った。ひと月待てば十分だろう。
 そのとき、ややこしい老婆の話を聞いた。その人も御札を買いに来る人。誰にでも売るわけではない。
 その老婆、妖怪が見えるらしい。それを聞いた妖怪博士、当然のように、会いに行く。少し遠いが小さな盆地の中にある街だ。
「妖怪が見えるのですかな」
「はい」
「幽霊は見えますかな」
「見えませぬ」
「せぬ、ですか。じゃ、妖怪だけ」
「そうでございます」
 この老婆、元々は祈祷や占いをやる。正統派だが、そんな需要はない。また、憑き物も落とす。相手の話をゆっくりと聞き、話させることで、抜けていくのだろう。
 また、老婆の知り合いに、その関係のややこしい人を多く知っている。術者と老婆は呼んでいる。
 殆どの術者はややこしいものは見えない。しかし、この老婆は見えるらしい。しかし妖怪だけ、というのが妙。
 見える術者と見えない術者の違いを聞くと、思い込めるかどうからしい。この老婆は自分は妖怪が見えると信じ切っている。一点の疑いもなく。
 それで、この老婆、妙な人かと思ったのだが、そんな感じを妖怪博士は受けなかった。普通のお婆さんだ。妖怪が見えることを除いて。
「今までどんな妖怪を見ましたかな」
「何体も、何匹も見ましたよ。蜘蛛ぐらいの大きさのものから、入道雲のように大きな大入道も」
「それらはよく知られた妖怪ですか」
「さあ、分かりません」
 妖怪博士は妖怪図鑑を持ってくればよかったと思ったが、話を聞いているうちに、どの妖怪も新種に近い。
 老婆の仲間内では妖怪婆と呼ばれているが、これは札売り婆さんから聞いた話。
 妖怪博士は今度妖怪が出たとき、彼女に同行してもらおうかと思ったが、そんな機会はないだろう。
 妖怪屋敷があり、その中に妖怪がウジャウジャいるのなら別だが、そんな屋敷はない。
 妖怪婆の話を聞いていると、その盆地を取り囲む山々を散策中、たまに見かけるらしい。珍しい蝶や、あまり見かけない鳥、また、こんな虫がいるのかという程度の遭遇のようだ。
 街中や、人と絡むような妖怪ではないらしく、どちらかというと精霊系だろう。
 妖怪博士は妖怪が見える術を教えてもらいたかったわけではない。
 見えすぎると、逆に困るだろう。
 
   了


2021年11月27日

 

小説 川崎サイト