小説 川崎サイト

 

樹脂製の藁人形


「藁人形で呪いをかけたのですが、効果がありません」
「キットものですかな」
「そうです。ローソクとはちまき付きです」
「これは最後の手段でして、常用ではありません。普段から藁人形などやらぬもの。一線を越えた魔道のようなものでしてな。本当に呪ってやりたいと思う相手でしょうか。犬じゃありませんよね」
「はい、上司です。人間です。しかし犬畜生にも劣ります」
「まあ、上司なら、お仕事でそんなことをもあるのでしょう」
「懲らしめてやりたいのです。私がそれでどんな思いをしたか。思い知らせてやりたいのです」
「それで、こちらへ」
「そうです。ここで藁人形が売られていると聞きまして」
「藁人形を売るのが目的ではありません」
「はい、分かっています。通販で買ったキットものの藁は樹脂製でした。だから、効かないのかと」
「藁人形でなくても、他のものでも、何でもいいのですよ。ただ藁人形の方が呪っているという実感が湧くでしょ」
「はい、沸きます。でも樹脂製では」
「写真でもいいので、相手の写真があればそれを五寸釘でブスブスと」
「それは気持ち悪いです」
「道具類が問題なのではありません」
「そうなんですか」
「寝床の床下に人形を埋めるというのもありますが、今の住宅事情から言えば無理でしょ。その上司の住所は分かりますか」
「分かりません」
「まあ、分かっても、その方法では弱い。やっていることで、憂さも晴れたりしますがね。実際には相手に伝わっていない」
「伝える?」
「そうです。一番効果的なのは、伝えることです。呪われていると言うことを」
「それは知っていると思います」
「あなたが怨んでいることをですね」
「そうです」
「まあ、仕事上、怨まれることもあるでしょ。疎まれたりとかね。相性が悪いのでしょう」
「何とかなりませんか、してやったりというのが欲しいのです」
「だから、伝えることです」
「どのように」
「恨みと書かれた小片を上司の机の引き出しに入れるとか、あからさまに怨と書かれた紙を机の上にポンと置くとかです。これで自分は怨まれている。それだけではなく、呪われている。呪詛されている。これが大事です」
「知らせるわけですね。でも私だと分かってしまいそうですが」
「呪いの言葉、これが呪いになります。相手に入り込みます。毒のように。それが効いてきます」
「それは無理です。その呪いの文字を置いたのは誰だということになりますし、そこはやはり、こっそりとやりたいのです。だから、藁人形でいいのです。樹脂製でないものを分けて貰えますか」
「藁不足でしてな。稲ではなく、麦の藁がいいのです。しかし、最近は麦畑が減り、手に入らない。しかし、神社で使うため、農家が少しだけ植えています。だから、貴重品です」
「麦藁なら、あるでしょ」
「まあ、稲藁でもいいでしょ。そちらの方が柔らかいので、ブスブス刺すとき、都合がいいのです。また、綿入りの人形でもいいのですよ。藁人形と同じ形にすればいいのです」
「縫い物は一寸」
「やはり藁人形ですか」
「はい」
「ローソクは使っていますか」
「頭に付けています」
「丑三つ参りを実行されていますか」
「夜中、それは難しいです。だから、部屋の中でやっています」
「それもいいのですがね。本人の自己満足。届いていません。相手に呪いを入れる。怨まれている、呪われていることを知れば、後は勝手に崩れていくでしょう。しかし人を呪わば穴二つ。あなたもダメージを受けますよ。それでもいいのですね」
「嫌です」
「だったら、効果のない樹脂製の藁人形で、自己満足だけですませなさい。どちらにしても解決などしない問題でしょ。結局それで気が済んだりますからね」
「はい分かりました。でも本物の藁の藁人形、一つ分けて下さいますか」
「はい、喜んで」
 
   了



2021年12月16日

 

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