小説 川崎サイト

 

個人的事情

川崎ゆきお



「個人的事情って、やはり本人にしか分からないのでしょうね」
「個人的事情だからね」
「でも本人が気づかない個人的事情を他人が知ってる場合もありますよね」
「あるね」
「家庭の事情もありますねえ」
「事情は多種あるんだろうね」
「何かをごまかすために個人的事情を持ち出す輩もいますよね」
「楯だろう」
「はっきり言えない事情を、個人的事情としてまとめるわけですか」
「個人的事情ではない場合もね」
「個人的事情がどうのって言ってる人は、嘘つきでしょ」
「それも含まれるだろうね」
「うさん臭いですね。個人的事情は」
「便利だけどね」
「事情の中身が曖昧じゃないですか」
「言うと、他の人に迷惑かかかるかもしれないこともある」
「広いですねえ。解釈が」
「まあ、何かの事情がある…程度に受け止めればよろしい」
「諸般の事情もそうですか?」
「どの事情かと言えないんだろうね」
「察すれば分かるというやつだ」
「言わなくても分かってしまうのですね」
「私が小学校のころ」
「はい」
「給食代を払えない同級生がいた」
「はい」
「先生は家庭の事情で払えないと、みんなの前で説明した」
「キツイ先生ですねえ。そんなこと説明する必要がないですよ。親の問題でしょ」
「まあ、それは別問題だが、ここで出てくる家庭の事情とは、貧乏だということだ」
「他にもあるかもしれませんよ」
「給食代が払えないのは金がないからだ。それが事情だ。同級生の誰もがそれを察した」
「じゃ、家庭の事情としてぼやかせなかったのですね」
「自慢できる事情じゃないからね」
「その場合はごまかすのじゃなく、明言できないわけですね」
「言ってもいいが、言わなくても通じる」
「個人的事情もそれに近いかもしれませんねえ」
「ああ、あまりよくない事情だろう」
「でも、その事情の中に、凄く良いことも含まれているのでしょ」
「良いこと?」
「貧乏とかの反対方向です」
「それは否定できない。だから少しは救われる。悪い事情ではなく、良い事情の可能性も含まれるからね」
「悪い事情と受け取るのは邪推かもしれないと…」
「その邪推が殆ど当たっているがね」
 
   了


2007年10月09日

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