小説 川崎サイト

 

妖怪龍の玉


「光る玉が部屋の中におるのです。見えるのです」
「目医者に行かれましたかな」
「いえ」
 妖怪博士宅は目医者ではない。しかし、目医者に行かないで、妖怪博士を訪ねて来たのは、妖怪ではないかと決め込んだため。これは色々なものを疑っもいいはずだが、敢えて妖怪の仕業にした。この西村氏、妖怪好きなのかもしれない。
「どんな明かりですかな」
「小さいです。至近距離で見たときは仁丹ほど」
「真珠のような」
「梅仁丹のような色はなくて、白いです」
「動きはどうなのですかな」
「はい、動きは飛び回りますが、それほど早くはありません」
「あなたが目の玉を動かした時は、どうですかな。付いてきますか」
「いえ、付いてきません、さっきいたところに止まっていますが」
「止まる。つまり停止していることもあるのですね」
「はい、そうです。そのときは気付かなかったりします。動くと分かりやすいです」
「明るいのですな、その仁丹」
「それほどではありませんが暗い室内ではよく見えますが、何せ小さいし、背景のなかに混ざって見えないこともあります。だから散らかった私の家の中で浮かんでいても、気付かないことがあるのです」
「外ではどうですか。昼間とか」
「注意して見れば、分かります」
「目に何か付いておりませんか」
「いえ」
「目じゃなく、瞼の端っことか、マツゲとか、目やにが溜まるようなところに」
「目くそはよく出ますが、それではありません。よく見えるときは、しっかりとした丸い輪郭が見えますので、目やにだとぼやっとするでしょう」
「そうでしょうなあ。ここへ来るまで色々あなたも考えられたことですから」
「そうです。あとは妖怪しかいません」
「いえいえ、その前に、まだ段階があると思うのですが、まあよろしい」
「はい、よろしくお願いします。何なのか、教えて下さい」
「人に言いましたか」
「いいえ、秘密です。変な人だと思われるので」
「あなただけに見えるとした場合、二重写しの可能性もあります」
「二重写し」
「その玉だけが現実の風景の中で重なっているだけで、その玉は、あなたの頭の中にいるのです」
「いません」
「まあ、まあ」
「本当に外にいるのです。避けて飛んでますから」
「え、何をですかな」
「だから、襖の向こう側へいくときは、少し空いているところを通っています」
「それじゃ同じ空間の中にいることになりますなあ」
「そうでしょ、博士。これは生き物ですよ。そんな仁丹のような玉の生き物なんて、妖怪以外の何物でもないでしょ」
「そうですなあ」
 妖怪博士は目の錯覚だろうと決め付けたかったが、そうはいかないようだ。炎を発しない光る玉の妖怪はいるが、屋外での話。
「外出先でも見ましたか」
「たまに見ます」
 妖怪博士は、少し沈黙し、目を閉じた。何かを繰っているようだ。
 そしてしばらくして。
「龍の玉」
 西村氏は望んでいた言葉を得た。
「導きの玉ですな」
「はあ何でしょう」
「その玉が見えたとき、あなたは順風だという程度です」
「縁起物ですか」
「そうです。それが見えている間は良い道を歩いておられる。だから、安心して進めばいいのです。間違った道、邪道ではなく、あなたにとっての正道を歩んでいるという青信号のようなものでしょう」「博士、それが聞きたかったのです。じゃ、その玉は妖怪なんかじゃなく、龍と絡んでいるのですね。龍道なんですね」
「あなたが龍だというのじゃありません」
「はい」
「まあ、聖なる導きだと受け取りなさい。今後、それが飛んでいたり、見えていたときは」
「はい、ご苦労さんでした。ここに来た甲斐がありました」
 西村氏は喜んで帰って行った。
 妖怪博士は嘘を言ったのだが、別にその玉、害はないだろう。
 龍の玉、たまにはそう言う話でもいい。
 
   了

 


 


2021年12月26日

 

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