小説 川崎サイト

 

住めば都


 一日のスケジュール。これには順番がある。時間割のようなもの。
 しかし、それが前後してもかまわないものもあるが、順番が変わると慣れない。
 あれをした後、これをするという流れ。それを見失う。忘れたわけではないし、見えなくなったわけでもないが、今やっていることの次に来るものは、一寸頭に入って来る。準備をしているわけではないが、そういう心構えがある。
 それらの流れが習慣化すると、一連の流れのようになる。そうやって一日が過ぎていく。
 ところが順番を変えると、少しだけギクシャクする。何か慣れないことをやるように。
 実際にはずっとやっていることなのだが、その前後が変わったり、飛び越えたりするため、流れがおかしくなる。
 それも習慣化すると、それこそ慣れで何とかなり、反対に以前の流れに戻すと、慣れから遠ざかったので、慣れないことをやるような感じ。
 そのことは慣れたことなのだが、順番、順序が違うため、少しだけ違和感がある。だが、中味は慣れているので、問題はないが。
 時間帯を変えると、陽のあるうちにやっていたことが暗くなってからになる。やっていることは同じだが、背景が違うし、お腹のすき具合も違うだろう。それに夜になってから難しそうな用事はしにくい。フェードアウトしかけているため。
 そういった順番を変えるのは、刺激を求めてとか、変化を求めて、とかではなく、ある事情が起こったためだろう。だから、今日だけとかの話が多い。
 たまにそういうことがあり、慣れない時間帯で用件などをこなすことがある。これは買い物でもいい。何でもかまわないが、時間帯の変化は、それなりに新鮮でもある。
 慣れないことは新鮮に感じるものだが、やっていることは慣れたことで、新鮮さはない。しかし、時間帯を変えると違って見える。
 そういうことは時代の変化や、自身の変化で、自然と順番が変わったりする。そのため、いつもの順番、いつもの時間割というのは、偶然その時期に出来た並びで、絶対的なものではないのだろう。
 だが、慣れると強度のようなものが加わり、鍛え上げた何かのような硬いものになる。本当は順番などどうでもいいのだが、慣れにならされる。それでないと様子がおかしいような。
 決まった時間割があると、そのつもりでいるので、すっと入っていける。それ以外に選択肢がないわけではなく、全部無視して、遊びに行ってもかまわないし、違うことをしてもいい。敢えてそれをしないのは、選択したくないためだろう。考えたくないためかもしれないが、一応は考えている。ただ、実行はしなかったりするが。
 慣れたものには価値が生じる。住めば都と言うほど、長くいると、慣れが加わり、そこが都になる。これは良いところ、ということだろうか。都が住みやすいか、良いところかは分からないが、中心部、帝都と言うことだろう。片田舎でも。
 
   了

 

 

 


2022年1月11日

 

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