小説 川崎サイト

 

木下原へ


 予定戦場は、木下原。ここは見晴らしがいい。一寸した原っぱ。戦には丁度いい場所。別にそこで戦うという決め事をしたわけではないが、戦いやすい場所なので、最初から決まっているようなもの。それに何度かこの木下原での戦いがあった。だから今回も、そこ。
 篠田軍は集合地の木下原の西へと向かっていた。忠岡郷の城主。主君から任された領地と城。篠田家は地元に人ではない。
 その郷から兵を集め、向かっていたのだが、ややこしい場所に差し掛かった。
 見通しの悪い繁みが続く道。昼なを暗しと言われ、山賊や妖怪が出るとか。
 しかし、数百の兵が通るのだから、山賊はないだろう。それにこのあたりの野武士とは話が付いている。独立した勢力だが、祝い事などでは野武士の頭領も招待する。敵対していない。
 問題は敵の待ち伏せ。城から木下原への道は、ここだけ。あとは馬や荷駄が通れない山道。
 篠田は用心して、様子を探らせた。奇襲の気配はないかと。
 しかし、帰って来ない。これはやられたのかもしれない。だから、いるのだ。
 側近に命じ、馬で駆けさせた。側近はすぐに戻ってきて、いないと報告。先に様子見に出た兵の消息は分からない。
 陽射しを遮るような深い繁み。篠田軍は用心しながら、見張りの数を増やし、本体の先を進ませた。異常があれば、合図がある。
 先ほどまで晴れていたのだが、曇りだし、ただでさえ薄暗い道がさらに怪しくなる。確かに何かがいそうな場所。敵の待ち伏せではなく、別のものかもしれない。
 篠田は先頭から少し間を置いて進んでいた。
 後ろから、家来が馬を寄せてきた。
「うしろ」
 と、告げられ、振り返ると、尻尾が切れている。数百の足軽兵が半分になっている。流石に前の方を行く兵はそのままだが、後ろが減っている。
 後方からの襲撃かもしれない。挟み撃ちに遭う。しかし争うような声や物音は聞こえない。
 やがて、その薄暗い繁みも抜け、木下原近くまで来た。襲撃はなかった。
 しかし、篠原の前後を行く兵は、篠原一族の家来ばかりで、里から連れてきた足軽がいない。数百の軍勢が百程度になっていた。
 これは篠田一族の郎党やその家人達で、呼び集めた忠岡郷の兵が消えているのだ。
 それでは木下原で恥をかく。数百の予定が百人ほど。これでは戦力にならない。
 幸い、木下原の戦いは敵との話し合いで、戦わないで終わったので、篠原勢の少なさは不問。
 城に戻った篠原は、村人達の様子を探った。
 足軽として駆り出した男達は全員無事。さらに事情を聞くと、あの繁みで妖怪にたぶらかされたとか。
 あそこを通るとろくなことはない。そう言う迷信があったのだが、それ以前に、行きたくなかったのだろう。木下原の戦いに。
 篠原は妖怪の仕業では仕方あるまいと、認めざるを得なかった。
 今後、木下原で戦があるとき、ものすごく遠回りでも、道を変えることにした。
 
   了

 

 

 


2022年1月23日

 

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