小説 川崎サイト

 

お膳会議


 今日は今日の様子があり、調子がある。それにより、箸の上げ下げも変わったりする。行儀作法が変わったわけではないが、勢いがいいときと、悪いときがある。しかし、箸の使い方が無作法になることは疋田にはないが。
 一日三食なら、三食とも違う。これは食膳の様子が違うためもある。おかずとかだ。食が進みやすいときは箸の勢いも鋭い。剣術だ。
 当然、うまく挟めないときもあるし、すんなりといくときもある。同じ魚を突いて挟むときでも、場所にもよるのだろう。魚の種類により大切に頂くものもあれば、普通もある。乱暴につつき回すようなことは少ないが、態度が違う。心構えが。
 まるで剣道。ただ、居合いの達人ほど魚に対する箸使いがうまいとは限らないが。
 疋田はそんなことを考えながら、和室六畳の真ん中あたりに小さなテーブルを出し、一人で食事をしている。誰も見ていないのだから、適当な食べ方でもいいのだが、そうはいかないようだ。
 生まれ育ってから身についた食べ方があるのだろう。いつの間にか、そういう作法が染み込んでいる。
 そして、それ以外の食べ方をすると、何か悪いことでもしているのではないかと思うほど。
 テレビなどを見ながら食べてもいいのだが、食べるときは、静かに黙々と食べている。そのスピードはそのときの調子により、やや違う。ややなので、それほど違うことはないが、本人はその調子の違いを自覚している。おかずが悪いとは一概には言えない。
 黙食だが、頭の中が黙っていない。これがテレビや音楽などを付けながらだと、そちらを注目するだろう。考え事をしながら食べている場合は別だが。
 食べながらの黙想。瞑想ではない。何も考えない、何も思わないのではなく、勝手に沸き上がるものと付き合う。これも毎回違う。三食とも違うし、翌日はまた違っている。
 何かをしながら、何かを思う。よくあることだ。しかし疋田は朝に関しては、一人朝会と呼んでいる。昼や夕食ではしない。朝だけ。
 懸案事項などを考える。一人なので、会議ではないが、疋田の中には複数の疋田がいる。与党と野党、右翼と左翼もいる。とんでもないことを言い出すのもいる。まとめ役の温和な人もいる。
 六畳の間のど真ん中で疋田は小さなテーブルの前で、ご飯を食べながら、一人朝会。お膳会議。
 また、会議ではなく、朝礼のようなものだろうか。今日一日の心がけとか、予定を伝えるのだろう。
 誰が。
 疋田が疋田に。
 
   了


2022年1月31日

 

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