小説 川崎サイト

 

夢の中にいた


 夢の中にいた。よくあることだ。夢のような世界にいる。これは現実でもありうるが、夢を見ているのも現実だ。
 下田は目を覚ましたが、夢の続きを見たいと思った。ただ、その夢、どんな夢だったのかは起きた寸前でも忘れていた。ただ夢の中にいた。これだけは覚えている。中味はない。ただ、夢の中。夢中ということだが、寝ているときなので、眠っているだけ、夢中に何かをやっているというような集中力は必要ではない。
 ただ、忘れたが、その夢の中。もう一度入りたいと思った。それは遠い世界。この現実に括り付けられた袋の中のようなもの。小さいが、この袋、底がない。だから、袋ではないのだ。
 母親。これをお袋さんと呼ぶ。だから胎内での居心地の良さを思い出したのだろうか。しかし、そこまで流石に覚えているわけがない。だが、残っているのだろう。
 それと同じように、見た夢は忘れて記憶にはないが、居心地がよかった。
 夢の中。悪夢は別だが、起きているときに夢中になってやっている事とも、何となく言葉尻だけは合っている。無我夢中状態。
 それで、いい感じで下田は起きてきたのだが、今日は今日の現実が待っている。このまままた寝てしまいたいところ。
 そして、あの夢の世界に入りたい。そういうときに限って悪夢を見るのかもしれないが。
 寝れば極楽、起きれば地獄。起きて働く馬鹿もいる。と、そんな文句を思い出した。
 これはよく思い出し、下田は一人で呟いてみることもある。寝ているときはバカもカシコもない。起きると、途端にバカかカシコになるが、滅多にカシコにはならない。バカの方が多い。
 しかし、目覚めれば地獄が待っているわけではない。深く考えなければ、地獄はすっと消える。ただ、どんな状態が地獄なのかが問題。
 普通の人が普通にやっていることでも下田がやると地獄になるかもしれないが、本当は大したことではないのだ。ただ、苦しいので地獄。苦しさを地獄と呼んでいるのかもしれない。
 夢の中にいた。これを起きているときに果たすには何かに夢中になることだろう。
 最初から分かっているような話だが。
 
   了


2022年2月5日

 

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