小説 川崎サイト

 

寝替え

川崎ゆきお



 秋の風が吹き出すころになると岸田老人の動きが鈍くなる。
 単純な話で、ただ単に寒くなるからだ。
 夜も長くなり、それに釣られるように睡眠時間も長くなる。
 日暮れが早くなるのは心細く感じるが、また春になると陽は長くなる。しかし岸田老人の老いは年々深まるばかりだ。
「逆転させればよいのでは」
 老けることは逆転できないが、昼より長い夜の時間に起きているほうが一日が長くなる。
 一日の長さは同じだが、起きている時間が短いと早く過ぎるように思えたのだ。
 岸田老人は気ままな一人暮らしなので、昼夜逆転を自分の意志だけで可能だった。
 しかし、その入り方が難しい。夜になると眠くなる。これを我慢し、朝まで起きていれば、夜型の生活になる。
 岸田老人はテレビを見たり、本を読んだりしながら頑張るが、深夜一時ごろが限界で、いつの間にか横になっていた。
「布団を敷いているからだめなんだ」
 いつでも横になれるよう万年床となっていた。それを畳み、押し入れに入れた。
 次の夜も一時を過ぎると眠気が襲ってきた。
 寝床はない。
「朝まで布団は敷くまい」
 固い決心で座椅子にもたれ、テレビを見続けた。
 三時まできた時、我に返った。うたた寝をしていたのだ。
「寒い」
 そろそろホームゴタツが必要な季節なのだ。
 その準備をやろうとコタツ布団を押し入れから引っ張り出してきた。
 スイッチを入れると懐かしいような暖が訪れた。あとは一気に眠りに落ちた。
 翌日は遅い時間に起きてきた。三時過ぎまでの夜更かし分が、そのまま起床時間のずれに加えられた。
 老人の睡眠時間は短いと言われているが、岸田老人は十時間以上眠ることもある。
 数日後、朝の六時に床に就くようになった。起床時間は夕方近くだ。
「日の出に眠り日の入りに起きる」
 岸田老人の夜型作戦は見事に成功した。
 昼間見ていたテレビ番組が見られなくなったが、深夜の番組が楽しめるようになった。
 困るのは昼間の電話やセールスだが、出ないことにした。一瞬起こされるが、完全に起き切らないうちなら眠りに戻れた。
 秋の着替えと同時に寝替えを果たしたことになる。
 
   了


2007年10月14日

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