小説 川崎サイト

 

雀の隠れ家


 寒中だが、日和がいい。寒いが陽射しを浴びていると快い。
 島村は公園のベンチに昼間から座っている。スーツ姿、上に薄いコート。ビジネスバッグが横にある。ブランド品だろう。先ずは鞄から始めよと先輩に言われた。次は靴。
 これだけで印象が違う。ただの上辺だが、それが全てだと先輩はいう。
 しかし、昼間から寒いのに公園のベンチで日向ぼっこ。この様は鞄や靴とは合わない。
 さらに島村はニット帽を被っている。これは、移動中に被る。仕事では無帽。
 仕事が思うように行かない。先輩は最初はそんなもので、それが経験になるという。
 だが、これは過去形。既にその仕事を辞めている。だからその先輩と顔を合わせる機会はもうないだろう。おそらく一生。
 島村は、こういう仕事ではなく、もっと単純で、地味で、コツコツと同じことを繰り返すような仕事の方がいいのではないかと、考えている。
 身なりなどどうでもいいような実用性だけの作業着でいい。髭も毎朝剃らなくてもいい職業。
 だが、手に職とか、技術がなければ最初は厳しいだろう。ハッタリでは何ともならないはず。
 呑気に日向ぼっこをしているわけではなく、そういう人生規模のことを考えている。
 雀の鳴き声。
 かなり近い、かなりいるようだ。小雀の騒がしさだろう。
 鳴き声の方を見ると、すぐ横の植え込み。葉の密度が濃いのか、中がよく見えない。そこに動くものがある。雀だ。
 この距離では逃げるはずなのに、繁みのお陰で、雀も見通しが悪いのだろうか。まるで隠れん坊。
 一羽が飛び立つと、他の雀も一斉にそれに続いた。あの繁みは休憩場所だったのかもしれない。
 将来のことを考えていたのに、雀に目が行ってしまい。この先のことは、まあ、いいかという感じで、ベンチを立った。
 面接がもう一社あり、その時間が近い。今からなら余裕を持って行ける。場所は地図でしか分からないが、あの辺にあるビルだろうというのは大凡分かる。 
 それで、向かうことにした。駅までは近い。もうニット帽は脱いだ。
 どんな仕事でも同じだよ。と、あの先輩は言っていた。どこも同じようなものだよ、と。
 自分に合った仕事なんてないんだから、合わすんだよ。とも言った。
 名言販売機のような先輩だった。
 そういうことを言うのがきっと好きだったのだろう。
 島村は面接会場へ、無機的に向かった。
 
   了

 




2022年2月8日

 

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