小説 川崎サイト

 

妖怪九段


「九段ですかな」
 会社の重役が妖怪について聞いている。
 聞き手は妖怪博士。本社ビルから少し離れたところにある古臭い喫茶店。漫画本などがずらりと並び、木の椅子は尻に痛いのか、小さな座布団が乗っており、それを紐で止めているあたりが、何となく貧乏臭い。また座布団の絵柄や大きさが、不揃い。
 重役は、顔見知りが来ない店と言うことで、ここを指定した。
 妖怪博士は、店の雰囲気を気にしながら、九段について繰ってみた。妖怪だ。
 九段は当て字で、「苦、何とか」だが、九と段になり、段は元々は何だったのかはもう分からない。九段という妖怪について書かれたものが残っているのだが、当て字を使っているのは、元々漢字がないのかもしれない。
 と言うような説明を重役に語った。
「九段に憑かれているようなのですが、何とかなりませんか」
 いったい何が起こり、そんな妖怪に取り憑かれたのか、今の時代にしては例外のさらに外に出たような話。
 さらに、この問題の解決策として妖怪博士に辿り着いたのだから、世間話でよくあるような世の話とは違う。
「九段とは貧乏神や疫病神のようなものですが、ちと重いのです」
「体重が」
「いえ、これは形はありませんが、絵にした人はいます。これは大きな猪に似ていますが、決して、それが九段の姿だとはいえません、とりあえず、こんな姿だろうということで。また、その絵には説明がありません。絵と妖怪名が記してあるだけ。九段を見たとかの話はありません。九段に入り込まれたとか、九段に憑かれたとかの話はあるようです」
「はあ」
「同じものを九段と呼び名を変えているのかもしれません。よくあるような妖怪現象ですから。それがキツネであってもかまわないわけです。貧乏神でも、ありふれた祟り神でも。そのため、地方により、呼び名が違うこともあるのです。形も変わっていたりします」
「我が社は九段に憑かれたようです」
 妖怪博士は黙った。
 他に原因があるだろうと、真っ先に思ったのだが、それは言わない。
「九段だと言いだしたのは前の会長です。もう、かなりのご年配。何とかせよと申しつけられました。私の考えではありませんが、九段のせいだと言われれば、最近、起こるトラブルや、それに伴う業績の悪化。またそれに対するフォローのまずさ。祟られているような感じは、確かにあるのですが、組織に憑くような妖怪がいるのでしょうか」
 そこまでは記録に残っていない。残っているのは昔、そういう妖怪がいた程度。組織に取り憑く妖怪もいるかもしれない。似たタイプとして呪われた村などがある。
 しかし、わざわざ九段と名付けるのだから、違いがあるのだろう。もしかして村とか藩に取り憑く妖怪かもしれない。
「本社ビルはこの近くですかな」
「少し離れていますが」
「屋上はありますか」
「当然」
「何か祭っているようなものはありませんか。お稲荷さんとか」
「そのようなものはありません」
 妖怪博士は、どの御札にするかを考えていたのだが、それを貼る場所が欲しい。
 気象観測用の白塗りの百葉箱でもいい。隙間が開いており所謂鎧戸。本格的なものでなくても、小学校学校などに置いているものでもいい。手に入るだろう。
 それなら目立たない。それを祠と見立て、中に御札を入れる。これだろう。
 それを重役に伝えた。
 九段に効く御札。これは適当でいい。どうせ御札には効果はないのだから。
 それでもいつもの御札書きの婆さんから仕入れていたものの中で、一番高いのを選んだ。文字のようなものが書かれているが、読めない。シュメールの文字に似ている。古代メソポタニアだ。
 重役は妖怪博士の言う通り、実行した。
 その後、その会社からの連絡はない。
 九段が退散したかどうかは分からないし、会社が立ち直ったのかどうかも不明。
 妖怪博士としても、聞くのが怖かったのだろう。
 何も言ってこないところを見ると、何とかなったのかもしれない。
 
   了
 


2022年2月19日

 

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