小説 川崎サイト

 

日常が狂う


 日常は一寸したことで崩れる。破壊するわけではないが、常の日々、同じような日々が狂うことがある。
 それで狂気の世界に入るわけでも、狂った日々になるわけではない。これが続くと気も狂うわけでもない。
 そのレベルではなく、一寸した狂いが道筋を変える。
 冨田は行きつけの喫茶店が年に一度だけ休むことを知っていた。貼り紙も見ていた。しかも一ヶ月前から貼りだしていた。
 そのため、日にちは知っている。まだ先なので、そのうち気にもとめなくなったが、その日が近いかもしれないとは感じていた。
 昨年もその前の年も、それを忘れて、自転車で向かった。何の変哲もないいつもの行動。いつもの道。
 しかし、今年も同じ状態になる。しかも真冬の寒い日で、特にその日は風が強く、喫茶店へ行くのが億劫になるほど。
 しかし、それが日課で、それが普通の日常。その普通をやるためにも、台風以外では行っていた。
 さて、今回。また同じことになる。その近くに喫茶店はない。二駅ほど先にある。これは煙草が吸えることが条件のため。
 富田は仕方なく、その店へ向かう。いつもの戻り道を少し行ったところで、右ではなく左へ曲がる。ここで日常が崩れた。
 用事がないので、滅多に入り込まない道。しかし何度か通ったことはある。
 壊れそうだった園芸店。花屋だが、更地になり、草が生い茂っている。育てているわけではない。それにそんな草は売れないだろう。
 まず、それを目撃。そうなってしまったのかと、その間を省略して、一気にラストを見るような感じ。
 その喫茶店への行き方は色々あるが、寒いし、向かい風なので、最短距離になるよう、裏道を通る。
 本当は幹線道路に出た方が分かりやすいのだが、広いので寒い。裏道の家が建て込んだ谷のようなところの方が風はまし。
 ここにも廃業していた店がオープンしていたが、違う店になっていた。小さな喫茶店があったことを覚えている。煙草は吸えないし、もの凄く値段が高かった。そこがタコ焼き屋になっていた。チェーン店だろう。
 ここを通ったのは数年前。そのときも、いつもの喫茶店が年に一度の休みの日だった。
 今頃、その暖かい店で寛いでいる頃なのに、寒風の中、隣町の喫茶店へ向かっている。風も向かい風。いいお迎だ。
 昼食後、喫茶店へ行く。これが富田の日課。これを外すと落ち着かない。いつもの店でなくてもいいので、とりあえず喫茶店へ行くだけでいい。店も場所も、通り道も問わない。
 そう思いながら、向かっていたのだが、この一寸した狂いというか、段取り違いがかえっていい刺激になる。
 公園の横を通っているとき、菜の花の黄色がぱっと目を射した。田んぼとかではなく公園内の花壇。
 密度が凄い。こういうのを見ることが出来たのは、喫茶店が休みであることを忘れたお陰。いいこともある。
 日常が一寸狂うこともあるが、喫茶店が休み程度なら狂うとまではいかないだろうが、その狂いの隙間にに入り込む世界がある。
 そして、やっと喫茶店に辿り着く。置き看板が出ており、電気も点いている。休みではない。ここは年中無休のはずで、別のことで、半年前にも来ている。まったく知らない店ではないが常連ではない。
 久しぶりに入る二駅向こうの喫茶店。かなり前は散歩に出たとき、寄っていた。
 予定は狂ったが、満更悪い狂い方ではなかった。たまにはそういう偶然の何かで揺すぶられるのもいいだろう。
 
   了

   


 


2022年2月24日

 

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