小説 川崎サイト

 

妖怪が湧く神社


「そろそろですねえ、妖怪が出ても言い頃なのですが」
「この時間に、ここに出るのですかな」
 廃村にある神社だ。氏子は当然いないし、そのまま放置されている。住んでいた人も引っ越した。
 しかし、もう何世帯も残っていなかった時期でも神社の世話だけはやっていたようだ。
 最後もまでいた年寄りも、一人では何ともならないので、孫が住む町へ引っ越した。一人では社会は成立しない。村社会もそうだ。
 ただ、神社には神様がいる。そうなると、一人一神になる。マンツーマン。
 その老人は神社の掃除をしてから、村を去った。
 これで、人の手が消えた。
 人が消えた神社には何か出そうだ。
 だからこそ、年寄りは一人になったときでも、神社の世話をしていたのだ。そうでないと、出ることを知っていたため。
 いらなくなった仏壇でも霊抜きがある。当然その神社も、霊抜きをやるべきだが、仏壇と神社とでは違う。また何を祭っていたのかが分からなくなっていたのだ。
 それよりも、神様を抜いてしまうと、あらぬものが入り込む。そのため、敢えて放置していたのだろう。元々神主のいない神社で、氏子代表が兼任していた。
 その年寄り、町で暮らしていたのだが、どうも気になる。それで、知り合いの息子に様子を見に行ってもらうことにした。
 その高田氏が妖怪を見たのだ。お宮の中で沸いているのを。
 一匹、あるいは一体ではなく、かなりの数がいる。これはただ事ではないと思い、妖怪博士に来てもらうことにした。
 しかし、遠い。廃村になるほどなのだから、山のまた山の中にあるような村落。
 このとき、妖怪博士は、そういった山里の風景を見たかったのだろうか。面倒がらず、行くことにした。
 そして、先ほどから鳥居の影から、その奥にある本殿を見ている。
「この時間に出るのですかな」
「三回見ました。毎回同じ時間です」
「その時間を選んで来ておられたのですかな」
「いえ、車で昼過ぎに出ると、その時間になるのです。午前中は出られませんので。あ、これは仕事柄でして。だから外出するのは昼を過ぎてから。それで、決まってこの時間になります」
「停滞することもあるでしょ」
「いえ、市街地を抜ければ、混みませんから」
「夕方前で、暗いですが、前回もそうでしたか」
「はい、少し日が長くなったので、以前よりも明るいです。着いてすぐに暗くなっていた頃に比べての話ですが」
「他の時間帯に来られたことは」
「ありません。ですから確実に見ることのできる、この時間に妖怪博士に来てもらったわけです」
 高田氏とは田舎の駅で待ち合わせた。そこが最寄り駅なのだが、無人駅。
「もう沸いているはずですから、見に行きましょう」
 高田氏は本殿へ向かって境内を歩きだした。灯篭が倒れている。屋根瓦もずり落ちそうで、真下にいると危険だ。
 年寄りが神社の世話を続けていたというが、境内を掃く程度。村落の家々も、似たようなもので、崩れるに任せている。
 妖怪が沸く神社。それは言い伝えで、世話をしないと、沸くらしい。
 最後に残った年寄りも去ったので、そろそろ沸く頃。それで高田氏に頼んだのだ。
 高田氏が本殿の格子戸を開ける。妖怪博士も覗き込む。まだ明るいので、中は見える。床は埃が積もり、開けたとき、少し舞った。
 本殿の奥、鏡などが置いてあるところに、妖怪がウジャウジャいた。板壁に書かれているのだ。
 先客の妖怪がもう既にいるのだから、と言うことで、本物の妖怪は遠慮して出てこないとか。
「この前、見たとき、これが動き出しましてねえ。怖かったですよ」
「ここは本当に村の神社ですかな」
「そうです」
「妖怪堂というのがありましてな。それに近いですが」
「いえ、何を祭った神社なのか、聞いたことがありますが、分からないとか」
「じゃ、妖怪を祭ったお堂ではないのですな」
「そうです」
 村の神社といいながら、勝手に建てた神社だろう。
 妖怪博士も、じっとその妖怪画を見ていた。いずれも何処かで見たような妖怪ばかり。しかし、じっと見ていると、確かに動き出す。
 これが、こういう場で見るから、そう見えるのかもしれない。
 書かれた時代からかなり経っているためか、絵の具も剥げており、形が定かではない妖怪もいる。
「どうしましょうか博士」
「公表しますか」
「それで、迷っているのです」
「いずれ、この建物も倒壊するでしょう。このまま朽ち果てるのがよろしいかと」
「はい」
「しかし、妖怪が湧き出すという神社、そういういい言い伝えがあったので、先回りして、絵を書かせたのでしょうなあ」
「どうして、妖怪が湧くのでしょうねえ」
「湧きやすいのでしょ」
「そ、そんなものですか」
「はい」
 
   了



2022年3月12日

 

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