小説 川崎サイト

 

雨のバラード

川崎ゆきお



「雨の降る日は落ち着く」
 奥村はそう感じた。
 雨でも晴れでも奥村の生活は変わらない。
 そのベースの上に雨が降る。
 トッピングに近い。
 雨が降ることで奥村の情感が細くなる。
 繊細となるのだ。
 この繊細さは、しっとりとした粘りがある。マイルドになるのだ。
 湿気が奥村の潤滑油だ。
「雨の日に限って来るなあ」
 奥村は友人の三村を訪ねた。
「そうかな」
「奥村君が来るのは、決まって雨の日だよ」
「そうかな」
 奥村が通されたひと間の住み処には大きなガラス窓がある。木の枠に透明ガラスが何枚もはめ込まれている。
「よく見えるなあ」
 奥村は窓から外を見ている。
 神社の裏側が見えている。
「自然が豊かだ」
「鎮守の森が庭のように見えるだろ」
「それそれ」
「森を得たようなものさ」
「雨の日は、さらにいいねえ」
「艶が違うだろ。と、言っても雨の日しか来ないんだから、違いが分からないと思うけど」
「これを見に来たんだよ」
「詩人かい」
「その心境に雨の日になるんだ」
「妙な心境だな」
「月を見て野獣に戻るようなものさ」
「仕事は?」
「相変わらずだ。君はまだ絵を書いているのか」
 奥村は部屋を見回すが、それらしい道具はない」
「絵はやめたよ」
「詩人と画家のコンビなのにな」
「そんな冗談があったな」
「まあ、僕も詩なんて書いてないし」
「俺は少しは絵を書いたけどね」
「で、仕事は」
「君と似たようなものさ」
「ご同輩だな」
「遊民の徒だ」
「遊んではいないさ。少しバイトを休んでるだけさ」
「その調子でやってくれよな」
 奥村は悲しそうな顔で言う。
「ああ、このペースのままだろう」
「安心した」
「もう、あまり残ってないなあ」
「吉村は就職したようだ」
「版画は?」
「もう、やめたとか」
「粘ってたのにね」
「また来るよ」
「もう帰るのか」
「生存確認さ」
「ああ」
 
   了


2007年10月18日

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