小説 川崎サイト

 

傑作の発生


 何でもないものは手強いことがある。何かある方が分かりやすい。ただそれは一つか二つが原因で、理由が分かっている。だから、再現させやすい。何をすればいいのかが分かっているため。
 手強いのは、何処がいいのかがはっきりとしないもの。それらが組み合わされ、偶然出来たもの。一つ一つは大したことはない。いくらでも再現できる。だが、そんなものはあまりいいとは思わないので、いいものではない。
 全体から受ける印象。それがどこから来ているのかは分解しても分かりにくい。ありふれたものが組み合わされているだけで、特徴がない。
 その組み合わせ方も偶然に近いのだが、それしかないような並び方。この並べ方を真似ても、それもまた平凡なもので、並び方や組み合わせ方だけでは決まらない。
 何が並んでいるのかも偶然。しかし、ピタッと填まっている。最初かそれ以外はないというばかりに。これを少しだけ変えると、さっと崩れ、平凡なものになる。
 何らかの形があるのだが、それに意味があるのではない。その中味、一つ一つのものにも意味はなく、これも平凡。何かが偶然重なり合って、それができたのだろう。
「また難しいことを考えていますね、竹田君」
「はい、傑作について考察しています」
「その答えは偶然だと」
「そうとしかいいようがありませんから」
「では傑作は狙えないと」
「そうです。作為してもできません」
「困ったねえ」
「僕も凄い傑作ができるかもしれません」
「それなら、誰でもだね」
「そうです。たまたまそうなっただけです。ですから、過程を弄っても傑作は弾き出せないのですよ」
「それはうちの研究所には合わない」
「そうなですか」
「研究することが大事で、それにいい研究結果を傑作だなんて言わないですよ」
「でもいい成果を出した人は傑物でしょ」
「まあ、そうですがね。傑作がどうのというような派手なことじゃなく、地味なことをやるのが研究なのです。それで成果が出なかったとか、分からないままだったというのでもいいのです。調べた結果がそれならね、不明というのも立派な研究成果なのですよ」
「そういうことをやっているとき、たまたま何かの糸口を見付け、大発見するようなこともあるでしょ」
「あるだろうが、見過ごすことも多いでしょ。まあ、そんな偶然などをあてにせず、コツコツと続けなさい」
「じゃ、今の傑作の発生というのを始めます」
「話を聞いていなかったのかね」
「あ、はい」
 
   了





2022年3月21日

 

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