小説 川崎サイト

 

蒸れる

川崎ゆきお



「暖かいけど、蒸れる上着があるねえ」
「そうかい」
「空気を遮るんだ」
「だから冷たい空気が入ってこないから、いいんだよ」
「それで蒸れるのかなあ」
「暖かくていいじゃないか。茶わん蒸しのようで」
「暑苦しい時がある」
「通風性がよければ、寒いぜ」
「外に出た時は蒸れないだろ?」
「寒いので、あまり感じないけど、妙な汗をかいてる」
「寒いのに汗かい」
「ああ」
「通風性がよくて暖かい上着があるかもしれないぜ」
「毛糸のセーターとかなら大丈夫かも」
「そうだな。自然素材なら」
「やっぱり駄目だ」
「どうして」
「冷たい風の吹く日に着た覚えがああるけど、スカスカ風が入り込んだ」
「スカスカの目の粗い安物だったからじゃない」
「手編みで高かったんだけど」
「それ以上は俺も分からないよ」
「君はどうしてるの?」
「そんなこと考えたことはないよ」
「暖かい家庭は蒸れるんだ」
「そっちの話か?」
「外の空気が欲しいんだけど、それは外気なんで冷たい」
「夏なら外気は暖かいだろ。いや、暑いほどだ」
「外気の暖かいのはいいよ。問題は寒く冷たい風だ」
「結局どういうのがいいわけ?」
「蒸れないようにしたい」
「具体的には?」
「一歩引いた位置にいたい」
「君は一人暮らしで自分の家庭なんてつくってないだろ」
「会社のことだよ」
「社内でのことかい」
「ああ」
「うちはみんな仲がいいらなあ。雰囲気も暖かい」
「それ、芝居なんだろ。本音は別だ」
「だから、蒸れるの?」
「暑苦しくて、汗ばむんだ」
 
   了


2007年10月19日

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