小説 川崎サイト

 

訪ね歩く


「それなら柏岸の玉蔵さんを訪ねなさい」
 岩木は港町の奥にある村に住む玉蔵を訪ねたが、もう引退したらしく、舟には乗っておらず、川縁でフナやモロコを釣って遊んでいた。
「そうか、引退なされたか、じゃあ吉戸谷の浜崎老師を訪ねるがいい。あの人には引退はない」
 岩木は三日ほどかけて、草深い山寺へ行ったのだが、老師は既に亡くなっていた。
「亡くなられたか、それは知らなんだ。かなりのお年だったからのう。それでは白峰岳の麓にある竹川村の善米殿を訪ねなさい」
 岩木はひと月程かけ、やっと辿り着いた。白峰岳はすぐに見付かったが、その麓の村が見付からない。麓近くの別の村で聞くと、谷川村は廃村になり、そこの人達は木龍谷に引っ越したとか。
 ところが木龍谷はかなり遠くにある山岳地帯の渓谷。そういうことで十日程かかったのだ。
 善米殿はすぐに見付かったが、以前のことは殆ど忘れていて、話を聞き出せない。
「ほう、善米殿は惚けなされたか。それじゃ仕方があるまい。それでは新内町の安丸さんを訪ねるがいい。
 そこは近いので、翌日行ってみた。
 ところが安丸さんは病気で伏せっており、口をきくのも大変そう。回復してから、また来て下さいと家人に言われた。
 岩木は、またか、と思った。
「安丸さんはご病気か。それなら、御城下の外れに住んでおる田中徳一老を」と言いかけたとき、岩木は無理だと首を振った。どうせ、老人なので、もう、と思ったのだろう。しかし、城下は近い。
「田中徳一老なら先日会った。達者な方じゃ、必ずいる」
 岩木は今度も駄目だろうと思いながらも、近いので、行くことにした。
 城下外れにぽつりと立つ武家屋敷。田中徳一老の隠居住まい。これは分かりやすかったのですぐに見付かり、案内を請うと、すぐに座敷に通された。
「何用ですかな、このわび住まいに」
「岩木はあっとなった」
「どうかなされたか」
「出直してきます」
「願系寺の住職の紹介だったなあ」
「確かに、そうなのですか」
「で、何が知りたいのかな。わしが知っておることなら、話してやるよ」
「そ、それが」
「如何致した」
「何を聞くのかを忘れました」
「忘れた?」
「はい」
「忘れた?」
「あ、はい」
 
   了

 


2022年3月31日

 

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