小説 川崎サイト

 

折田の花見


 桜は満開、散り始めているのもある。しかし、雨。
 絶好の花見時なのだが、この雨では何ともならない。晴れがましい気分にはなれないので、満開の桜を見ても、どこか寂しさを覚える。
 そういう心情は花見では期待していない。紅葉時ならいいが。
 日曜日。折田は花見の予定をしており、出掛けるつもりだった。しかし、あいにくの雨で、どうしようかと少し考えた。だが、足は出かかっている。
 前日の土曜、一日中寝ていた。晴れのいい日和だったが、疲れた溜まっていたのだろう。そしてよく寝たので生気溢れる状態で花見に行こうと考えていた。
 いや、ずっと以前から、まだ咲く前から満開の桜を狙っていた。そこからの押し出しがあるので、雨ぐらいではブレーキにならない。
 雨は幸い小雨。だが花冷え。真冬の防寒着を羽織り、部屋を出た。
 こういう防寒着、通勤では着られない。だから、これが今季最後だろう。もうそんな寒い日はないはず。
 もう着古しているので、次の冬は新しいのを買おうと思っていた。だから、今日が着納め。
 傘は通勤用の紳士傘や折りたたみ傘ではなく、安っぽいビニール傘。こちらの方が透明なので、見晴らしがいい。
 花見の場所は決まっていた。人で賑わう山沿いのお寺。桜の名所で、それ以外で行く人は希だろう。この寺の境内や周辺の桜は古くからある。そのため古木も多い。
 山門を抜け、階段を上がったところから見る山門の屋根と桜が素晴らしく、絵はがきにもなっている。山門を潜る人なども同時に見える。
 折田はその絵はがき通りのところまで行き、山門を見る。雨で空は白っぽいが、桜の色が明るいので、負けていない。雨でも勢いがあり、晴れ晴れしい。
 ただ、人出は少ない。本来なら、そんな階段の途中で立ち止まって見てられない程なので、雨も悪くはない。去年はちらっと振り返っただけ。
 やはり来てよかった。そして境内に屋台が出ており、おでんにするか湯豆腐にするかで迷ったが、おでんにした。
 これは出るときに決めたわけではないが、去年は湯豆腐にしたのだが、高いだけで、腹の足しにならなかった。酒の肴としてならいいのかもしれないが、折田は飲まない。
 それで、おでんを選ぶ。盛り合わせもあるが、自分で選ぶ。先ず選んだのは三角の大きな厚揚げ。これが一番得だと考えた。それとすじ肉。この二つがあれば充分だが、卵も入れた。
 その三つを少しずつかじりながら、徐々に食べていった。
 屋台はテント張りなので、雨でも問題はないのだが、客は少ない。これも雨のお陰。屋台からでも桜が見えており、それを見ながら食べた。
 そして食べながら思ったのだが、まるで小学生の作文を大人になってから書いているような行動だ。何の芸もない。ただ具体性はある。ただ、風情はない。
 実は、そういう作文のような花見が好みなのだ。特別な何かがあるわけではなく、心情の変化もない。花見をした。楽しかった。程度のこと。
 しかし、一人で、誰にも誘われることもなく、自発的に花見へ行く。そういう気持ちがあるだけいいだろう。
 観光バスが入ってきたのか、団体さんが通り過ぎていく。折田は勘定を済ませ、その後ろに従う。一緒にガイドの話が聞けるので。
 それで、折田の花見は無事に終わった。予定していたことを予定通りこなし、僅かながら満足感を得たので、由とした。
 
   了

 


2022年4月6日

 

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