小説 川崎サイト

 

桜の葉見


「桜が散り始めましたねえ」
「その時期、気怠いです」
「気温も上がっていますからね」
「もう夏バテです」
「それは早い。しかし春バテでもおかしいので、一寸暑く感じる程度でしょう」
「気温差について行けません。それで体も気持ちも遅れる」
「じゃ、お揃いなので、バテないのでは」
「え」
「だから、体は暑がっていても気持ちが付いてこないとか、その逆とかも。それでギクシャクして、バテるんじゃありませんか。動きが鈍くなる。鈍化する。体も気持ちもを付いて行かなければ、バランスとしてはいいんじゃないのですか」
「ああ、そういえば寒いときの方が元気でしたよ。体も気持ちもお揃いだ。どちらも寒い」
「まあ、季節の変わり目は中途半端ですからねえ。暑いのか寒いのか、どちらかが分からなくなったりしますよ」
「そんなときはどうすればいいのでしょうね」
「体に従うのがよろしいかと」
「体のほうが正確なのですか」
「でも気持ちが上滑りすると、体もギクシャクする」
「じゃ、気持ちも大事なんですね」
「体に変化があるので、それが気持ちとして表れる」
「その関係、よく分かりませんが、とりあえず体に正直に従えばいいってことですね」
「まあ、そうです。暑ければ夏のような服装をすればいいし、寒いと思えば暖房すればいい。着込んでね。ただ、季節的に、それはおかしいと思うでしょ。それを無視すればいい。ただ、外でそれをやっちゃ駄目ですがね。誤解されますので」
「それと、眠いのです。よく眠れます」
「いいじゃないですか、不眠で困っているよりも」
「しかし、この桜、全部散ってしまえば、スッキリするような気がします」
「木も新緑の季節。これは清々しいでしょ。春の眠さも、このあたりでなくなりますよ」
「そう願っています」
「ところで、花見は?」
「この一本だけの桜の木。これを見ているだけで充分です」
「邪魔になるのに、よく切られないで、残っているものだ」
「いや、かなり切られていますよ。太い枝とか」
「電線にかかるのでしょ」
「だから、この桜だけで、花見は充分です。出掛ける気力がないし」
「じゃ、全部散ってから桜の葉見がいいでしょ」
「葉見」
「桜の葉を愛でるのです。もう花見などしている人はいないので、すいていますよ」
「花を見て、葉を見ない」
「花見ですから、花を見る。当然でしょうねえ。しかし、桜の精気のようなものは人の精気も抜き取る。だから気怠くなるんだと思いますよ」
「本当ですか」
「そういう噂です。また桜の杜に一人で入ると、気が狂うとか」
「それはないでしょうねえ。それだけ咲いているのなら、人出もあるでしょうし」
「まあ、ひっそりと咲いている山桜もありますから、そういうところには近付かないとか」
「桜は精気を奪いますか?」
「だから、噂ですよ」
「じゃ、桜の葉見なら、大丈夫ですね」
「精気を与えてくれるとかの噂です」
「いいことを聞いた。すぐにも行きたいところです」
「今の桜、全部散れば、紅葉の頃まで、ずっと葉見はできますよ。急がなくても」
「そうですねえ」
「でも噂ですからね。信用しないで下さいよ」
「はい、承知しました」
 
   了

 


2022年4月9日

 

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