小説 川崎サイト

 

月明かりの里


「月明かりの里ですか」
「そうです」
「その里、ずっと夜なのですね」
「いえ、昼間もあります。そうでないと、この地上にはない里となりますから」
「そうですねえ」
「月明かりで見る里が綺麗なのです。月に照らされた里です。これがまた見事で。だから敢えて月明かりの里と呼んでいます」
「里には電気はないのですか」
「昔のことですからねえ。明かりはありますが、それほど明るくはありません。それに外灯のようなのはありませんが、石灯籠に火が入ったときは、月明かりとのバランスがよかったのでは」
「昔の話ですか」
「今もありますが、普通の町です。月の明かりも届いていますが、外灯の明かりや街明かりの方が強いので、目立ちません。月影も出ません。子供達が影踏みをしていたのは、遠い昔の話です」
「いや、外灯がない夜道、電柱がない小道ならまだ影はできるでしょ。影踏みも」
「そうですねえ、電柱のあるところは殆ど外灯が点いていますからねえ」
「私は子供の頃、風呂屋へ行くとき、自分や兄弟の影が出来ているので、踏みましたよ。先を行く兄のね。すると横にいる母親が、それは踏んではいけない諭されました。田舎育ちだった母は、影に纏わる怖い話を知っていたようです」
「ほう、どのような」
「影がない人もいるとか」
「それは無理でしょ」
「一応ありますが、影が薄いとか」
「ほう」
「短命な人とか」
「それは迷信でしょ」
「おそらくね。また、影踏みで遊んでいると、影が多いとかもあるとか」
「数えたのですか」
「そうです。すると一人分多い。そして、驚いて逃げると、影だけが残っている。ワーと駆け出すと、その影、追いかけてくるとか」
「それは作り話ですね」
「母親が聞いた話です」
「じゃ、自分の影が勝手な動きをするとかも、あったでしょうねえ」
「それは聞いていませんが、月夜の影、何か怪しいので、影踏み遊びも、あまりしない方がいいとか。それと、自分の影を見ないとかも」
「月が後ろからだと前に影が出来ますね。それも見ないようにですか」
「そうです。影は実体の影ですか。頭に動物の影が出来ていたりするとか」
「え、でも実体は人でしょ」
「人が見れば、人ですが、その正体は影に写るとか」
「光学的に」
「月光的にね」
「じゃ、私の月明かりの里など、大人しいものですねえ。実家がそこにありまして、かなり昔の話を、聞いたのですよ。今、行っても、先ほど言った通り、普通の町です」
「月影の里なんかもありそうですねえ」
「そうですねえ」
 
   了


2022年4月10日

 

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