小説 川崎サイト

 

冷静沈着


 気掛かりがあると、気持ちも全開にならない。楽しいことがあっても全部は開かず、半分以下。ただ、苦しいことではそれほどでもなく、いつもなら目を逸らしたりしていたものでも、ついでなので、見てやろうという気になる。
 今の気掛かりよりも、そちらの方がましなためだろう。軽重ではなく、深さ。
 深く刺さっているような棘のようなもので、これは動く度に反応する。何をするにしても、その気掛かりが前面に出る。
 しかしその気掛かり、それほど気にならないときもある。これは、それなりに慣れたためだろうか。
 この気掛かり、嫌なものであり、不吉なもの。先々まで付いてまわるとなるとうんざりするだろう。忘れるわけにはいかないほど、常に反応しているので、そればかりに気を取られる。
「そういうことはよくあることですよ。そんなことの連続。一難去ればまた一難。やっと悪いお客が去ったかと思えば、新顔の、もっとたちの悪いお客が来ていたりとかね」
「そんなものですか」
「そういうものも終われば何でもないことだったりする。何処かで改善すればの話だがね。殆どはそんな気掛かり、終われば忘れているだろう。終わればの話だがね」
「終わらないのもあると」
「その気掛かりが気掛かり通りになったときはね」
「予想しています」
「そうならないことをだね」
「そうです」
「ただの気掛かりで終わればいいと」
「そうです」
「しかし、実際には分からない。まだ、その最中ならね」
「その最中をやっています」
「それは不安だろう」
「いえ、ずっとそればかりを考えているわけじゃないのですが、ずっと付いてまわります。ずっと気になって」
「そこばかり見ていると、別のことで、災難に遭うよ」
「そうなんですか」
「それは突然来る。気掛かりも何もない。こちらの方が実は怖かったりするのだが、予想もしていないのだから、災難に遭ってやっと分かる」
「忙しいですねえ。色々と」
「何が忙しいんだ」
「だから、色々なことがどんどん起こるし、気掛かりもあるし、で」
「まあ、いいこともある。気掛かりがあるときは、つまらんものでもいいように見えてきたりする。それほどよくはないものでもな」
「有り難うございました」
「冷静沈着は無理か」
「はい、無理です。そんな真似事などすると、疲れて疲れて」
「そうじゃな。それで普通じゃよ」
 
   了

 


2022年5月2日

 

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