小説 川崎サイト

 

千夜夜夜


「千夜夜夜ですか」
「千日、毎晩です」
「何年ぐらいになります」
「私はやっていない」
「いや、千夜は」
「三年近くでしょ」
「長生きした人にとっては短いですねえ。ところで、先ほど、あなたはしてないと言っていましたが、どういうことでしょう」
「千日間、苦行をする、辛い行です。その間、それしかできない。しかし、千日単位の行事は結構ありますよ」
「千夜夜夜もそれなんですね」
「そうです」
「夜の文字がずらりと並んでいますねえ」
「二つまではいい。だが、三つはしつこい」
「どんな行事です。千夜夜夜」
「千日間、寝る前に同じことを考えること。思うことでもいいのです。願い事でもよろしい。寝転んでいても出来ますし、それに出掛けなくてもいい。千日詣のようにね。それにいつ落ちてもいい。眠くなれば、そのまま寝てしまえます。既に布団の中なので」
「千日間、思い続けるということですか」
「一日中思い続けるよりも、分散させるのです。なぜなら一日中なら、そればかりでしょ。他のことも考えないとね」
「しかし、千夜夜夜ですと、何か秘密めいていますねえ」
「寝床の秘密。閨の秘密ともいいます」
「色っぽいですねえ」
「いや、便所の秘密に近い。一人で、こっそり考えたり思ったりする臭い話です。特にこの千夜夜夜は人には言えないようなことに適しています」
「ほう」
「ただし、千夜持つかどうかですね。途中で、もうどうでもいいかとか、もうそれは思わなくてもいいか、願わなくてもいいか、考えなくてもいいかとなると、自然、寝る前に、そんな余計なことはしなくなります」
「起きているときはしなくてもいいのですか」
「毎夜やるので、必要はありません。それに起きている昼間は、色々と用事があるでしょ」
「それは苦行じゃないのですね」
「断食したり、山中を走り回るような行ではありません。目的が違いますので」
「寝る前、布団の中で願をかけるだけ、これ、不精者にはいいですねえ。お参りに行かなくても」
「別に願い事とは限りません。考え事でもいいのです」
「やってみます。千夜夜夜」
 
   了





2022年5月20日

 

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