小説 川崎サイト

 

水分不足


 梅雨前の暑い日。カラッと晴れており、空気も乾燥している。蛭田は湿り気がないと駄目で、日ざらしの中では干からびてしまう。待望の梅雨が違いので、あと一踏ん張りだが、そんな頑張りを人には言えない。
 だからカラカラに乾いていても、何事もないかのように平常通り過ごしている。というふうに見せている。実際には苦しいのだ。
 雨期に入れば天下。ここで一年分の仕事をする。一番動きやすい季節、過ごしやすい時期なのだが、絶好調というわけではなく、晴れている日に比べて過ごしやすいだけで、普通の状態だ。
 その普通の状態が長く続くのが梅雨。他の季節でも雨が長く降る日はいい感じだ。やっとまともに動ける感じ。
 その点、梅雨はそんな日が大量にある。春は春雨で、これも雨が降る日が多いので、何とかなる。秋は秋雨で、これも過ごしやすい。さらに台風が来ると雨を持ってきてくれるので、これは蛭田へのプレゼント。
 冬は駄目だ。寒いし、乾燥している。カラカラだ。ここはじっとしているしかない。
 その日は晴れており、カンカン照り。湿り気がない。蛭田はここで干からびてしまうのではないかと恐れたが、この程度なら、慣れている。ずっと続けば別だが、普段通りに過ごしている。結構苦しいのだが。
 そういう耐えることも覚えている。習ったわけではないが、何とかましになる工夫をしている。一番気持ちがいいのは霧吹きだ。顔だけでもいい。あとは手洗。手を濡らすこと。これでかなり違う。ほっとする。
 また、外に出るときは濡れおしぼりを持っていく。これは小さなタオルを濡らし、袋に入れて持ち歩いてもいい。使い捨てではもったいない。
 他にも色々と回避方法はあるのだが、あまり目立つ方法は駄目だ。
 乾燥すると、あらゆるところの潤いがなくなる。それなら水を飲めば良いのではないかと思われるが、あまり効果はない。たまに口を湿らす程度。
 そういう欠点、弱点のある蛭田だが、湿っぽいところでは強い。水を得た魚。ただ、それに特殊能力が加わり、圧倒的な強さを発揮出来るわけではなく、やっと普通になる程度なので、これを生かして凄いことを果たす、ということではない。
 梅雨前の暑い日、あと少しと蛭田は自ら励まし、その日を乗り切ろうとしていた。
 
   了





2022年5月21日

 

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