小説 川崎サイト

 

初夏の陽気


 まだ春なのに、初夏のような陽気に三船は襲われた。陽気なので、悪いものではない。陰気なら別だが、初夏の陽気に襲われるとはどういうことだろう。早くも夏バテでもしたのだろうか。
 快晴で申し分ない。春の中途半端な暖かさではなくキリッとした暑さが入っている。
 しかし、三船は毎年、この初夏というのが苦手。陽気になりすぎ、頭がゆるくなるのだ。冬場のキリッとした頭とは別になり、緩んでしまう。
 正月あたりから決心し、守っていた規律のようなもの。春になってもそれを堅持していたのだが、春の終わり、初夏になると、それが怪しくなる。守り切れなくなる。
 自分で作った規律なので、文句が出るわけではない。誰かに咎められるわけでもない。あるとすれば、自分自身だろう。
 毎年、初夏の頃、その規律が破れる。タガが外れ出す。それで元旦に立てた計は、ここで終わる。しかし、初夏まで持つのだから、それなりに長い。一年の計としてではなく、夏までの計に変えればいいのだ。
 それに気付いたのか、三船は年の後半の計を初夏に立てるのはどうかと考えてみた。二段式だ。
 しかし、そういう計を立てるにはキリッとした頭が必要。夏バテ状態の頭では無理。計もゆるいだろう。
「夏休みというのがあるのだよ。三船君」
「まだ、早いけど」
「初夏の陽気で、規律が守れないのだろ。だったら夏の間は休めばいい。だから夏休み」
「しかし、元旦に立てた計では、夏場もやることになっているんだ」
「多少休んでも大丈夫だよ。それに正月に立てた計画通り上手く進んでいるの」
「いいや」
「駄目じゃないか。だったらそんな計なんて、意味がなかったんだ。成果が出ていないのなら、計画が間違っていたんだ。だから、捨てればいい。そんな一年の計なんて」
「そう聞くとほっとするなあ。陽気になり、頭が緩んだだけで実行出来ない規律なんて、大したことはないんだ。無理だったんだよ」
「そういうの、毎年立てているの」
「まあね」
「実行出来た?」
「いいや」
「駄目じゃないか」
「春までに終わってしまうのが大部分。しかし、今年は夏前まで持ったんだから、新記録なんだけどなあ。だから惜しいんだ」
「一年の計を立てて、一年がうまくいった年はないんだね」
「うん」
「しかし、三島君。それなりに、何とかなっているじゃないか。そんな計画とか規律とか、面倒なことをしなくても」
「そうだね」
「きっと初夏の陽気で、正気に戻ったんだよ」
「正気」
「それまでは、芝居をやっていたんだ。それが気温の上昇と共に、化けの皮が溶け出したんだよ」
「そんなものかなあ」
「そうだよ」
 
   了






2022年5月22日

 

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