小説 川崎サイト

 

妖怪街道


 妖怪博士担当の編集者がやってきた。この前に来たばかりだ。もう原稿は渡している。
 すると、暑いので、休憩に来たのだろうが、妖怪博士宅にはエアコンはない。
 しかし初夏の暑さ程度なら日影で凌げる。奥の六畳がそんな感じで、南を向いているが、その時間には陽は差し込まないし、ちょっとした庭木が何本もあり、それが伸び放題なので、緑の風が入ってくる。
 当然、下草も伸び放題、庭木の幹に蔓草が巻き付いている。また庭の地面が見えないほど蔓草が隠している。ちょっとした絨毯だ。
 その蔓草の先は縁側にかかろうとしており、その一部は、顔を出している。まだその状態では充分座れるが、陽射しの弱い季節にしか、妖怪博士はそこで座ることはない。やはり暑いのだ。
「意外と涼しいですねえ。ここ」
「この時期ならな。もう少し立つと、結構暑い」
「今日はちょっとゲームを持ってきました」
 担当編集者はスマホを取り出し、ささっと画面を見せる。
「妖怪のゲームか」
「そうです。ありとあらゆる妖怪を退治するゲームでして、日本の妖怪も多く出てきますよ。いずれも残っている絵から取ったものですが、少しは動きます。色のないものは、着色してありますよ」
「おお、鮮やかじゃ」
「これは僕が退治した妖怪一覧です」
「それは何処におる」
「妖怪街道にいます」
「時代は」
「分かりません。街道沿いの村や町や、神社や寺や城下町や港町、それにちょっとした森や山があったり、渓谷や洞窟があったりします」
「時代は」
「よく分かりませんが、あまり新しいものは出てきませんから」
「明治あたりかな」
「そういう考証はないようです。侍が歩いている城下もありますし、馬車も出てきますし、鉄道も」
「鉄道」
「はい」
「電車か、汽車か」
「ディーゼルかも」
「要するに無茶苦茶なのだな」
「そうです。何せ妖怪が次々に現れるのですから、基本が無茶苦茶な話です。そんな場所などありませんから」
「それで、私は何をすればいい」
「解説です」
「じゃ、そのゲーム、プレイしないと駄目じゃないか」
「そこはまあ、適当に、大凡のことは開発者に聞いてきましたから」
「で、どんな解説をすればいい」
「だから、妖怪の」
 編集者は、貰ってきたプリントの束を鞄から出した。電話帳ほどある。
 一枚の紙に複数の妖怪が印刷されている。結構詰め込んである。
 妖怪博士はちらっと見ただけで、出所はほぼ分かった。ただし、姿を少し変えているし、同じタッチで描かれている。結構な力作だ。
「これを全部解説するのか」
「いえいえ、これらの妖怪。全て新しくキャラを立て直していますから、そういう解説ではなく、妖怪退治についての解説です」
「私は妖怪ハンターではない」
「でも、そういうことにして」
「要するに、私の役目は何だ」
「だから、攻略法です。ただし一般的な妖怪に対してです。だから、ここに出てくる妖怪の攻略法でなくてもいいのです。ただの参考程度になればいいということです」
「しかし、これだけの妖怪を架空の場所に乗り込んで退治するのじゃろ。それは痛快じゃないか」
「はい、そういうゲームらしいのです。まあ、昔からありますが」
「まあ、現実の世界で妖怪など退治できんし、それにおらんものと戦うのだから、これは苦労する。しかし、そういう場が与えられた世界でなら気兼ねなく退治出来るわけじゃ。気が済むまでな」
「そうですね」
「それらの妖怪、現実の何かに当てはまりそうじゃ。誰かに似ているとか」
「そうなんです。内なる妖怪と戦うわけです。表に出して」
「表とは現実にか」
「いえ、スマホという現実の場所にです。これは誰が見ても同じ物として見えるでしょ。夢の中で一人で見た妖怪じゃなく」
「架空は架空で、じゃな」
「じゃ、お願いします。そのプリントの妖怪は参考ですので、個々の退治方法などは書かなくても結構ですから」
 妖怪博士はスマホを持っていないので、開発者が提供したマップとかを見ながら、妖怪街道の中に入り込んでいった。
 
   了


2022年5月27日

 

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