小説 川崎サイト

 

歯車

川崎ゆきお



「昔は生意気でねえ。周囲との歯車が上手く噛み合わなかったんだと思う」
「清原さんは有名人でしたから…あ、今もそうですが」
「周囲と合わせることも必要だと気づいたのは、仕事が減り出してからだ。やはり相手も相性のいい人間と組みたいようだ」
「同じ仕事なら、気分よくやりたいでしょうから」
「相手が合わせてくれるものと勘違いしていたんだな…きっと。それで仕事が激減した。その原因を作ったのは私だったんだ。私より魅力がなくても、歯車の合う人間を業界は選んだのだろうね。ほとんど仕事がなくなった時、やっとそのことに気づいた。周囲あっての私で、私あっての周囲じゃないことを気づいたんだよ。もし、仕事が減らなければ気づかないところだった。私はプライドを捨てたよ。いや、それはプライドと呼べるものじゃない。私の劣等感の裏返しだ」
「清原さんのような人にも劣等感があるのですか?」
「あるんだ」
「何でしょう?」
「家柄だ」
「それは、誇るべきことじゃないのですか」
「誇り過ぎたんだよ」
「それは劣等感とは言わないのでは?」
「私の実力じゃなく名家の七光りだ。それを取り払えば、私に何が残る…と考えた」
「なるほど」
「持て囃されることに麻痺しておった」
「清原さんには実力がありますよ」
「それは獲得したものじゃない」
「いえ、名家の御曹司を隠してもやっていける力はありますよ」
「まあ、それなりに勉強はしたからね」
「自信を持ってもいいですよ」
「その自信を持ち過ぎたんだ。だから、周囲との歯車が合わなくなってしまった。私はそれではいけないと、やっと思えるようになった。その間私はどれほど苦しんだことか」
「そういうふうには見えませんでしたが」
「見せないようにしていたんだよ。それがまた誤解を招いた」
「歯車がどんどん狂い出したのですね」
「ある日、私はもっと率直に、そして自然に振る舞おうと決心した。周囲の人間の事も配慮するようになった。そうすると仕事が戻ってきた。歯車が合いだしたんだよ」
「あのう、なぜそんなことを話されるのですか?」
「君にもそんな面があるだろ。参考にしてもらいたいからだ」
「僕も清原さんのおっしゃる歯車の問題で、仕事をなくしました。今はもう、辞めています」
「だから、その谷底からの脱出に役立ててくれ。周囲と歯車を合わせることで、脱出できる」
「谷底の暮らしも意外と快適ですよ」
「何だ…それは」
 
   了


2007年10月26日

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